蝶は金魚と恋をする
Side 凪
銭湯の近くに来て固まってしまう。
いや、警戒しなくても別にいいのだけど。
銭湯前に設置され、数日前に秋光さんが潰れていた竹細工のベンチには昨日の見目麗しいオジサマが座っていて。
私に気づくとにこやかに軽く手を振ってくる。
無視するわけにもいかず、渋々近づいて頭を下げた。
「こんにちは……」
「うん、こんにちは凪ちゃん」
フワリと風が吹くとやはり甘い柑橘系の匂いが香る。
まるで相手を油断させる催淫剤みたいだ。
そして一琉と同じ妖艶で抜かりの無い掴みどころのない笑顔。
「……今日は…、銭湯に用事ですか?私にですか?」
恐る恐る先手を打たれる前に切り出すと、その人はクスリと笑って双眸を細め私を見つめる。
探る様な視線。
一琉もするけど、この人のそれに比べたら可愛いものだと感じてしまう位の圧倒感
「なんだ……、一琉はあっさり種明かししたのか…」
「ハッキリは言ってないですけど……、一琉の叔父さんなんですよね?」
その質問に一琉同様、口元の弧を強め私を射抜く様に見つめてくる。
肯定を意味する笑みに聞きたい事は沢山ある。
「一琉は誰ですか?」
「それはさ……俺にする質問かな?」
「じゃあ……あなたは何者ですか?」
「一琉の叔父さんだよ凪ちゃん」
にっこり切り返す言葉遊びに、悪意がチラチラと見え隠れして。
一琉が言うように気を許してはいけない人だと思う。
「ねぇ、君に昨日聞き忘れた事があったんだ…」
ドキリと心臓が強く跳ねる。
妖しく危険な男の仕掛けにくる言葉に身構えて、妖艶な笑みをまっすぐ逃げずに見つめ返すと。
へぇ。と、言いた気な表情でクスリと笑った。
「ねぇ、凪ちゃん。昨日言ってた恋人って一琉の事で間違いないよね?」
「………はい…」
「そ、よかった……、一琉の片想いじゃなくて…」
含みのある言葉には続きが用意されているんだろう。
気を抜いたら一気に噛みつかれそうな空気に気圧されながらも、視線だけはそらさずに言葉を待って。
年齢不詳な綺麗な男が、笑顔なのに鋭い視線で私を見つめた。