金魚の群れ
そうだよね、私は辻堂さんを知っていても、食堂の従業員なんてきちんと覚えていないよね。

困ったことがあるなら聞いてあげたい。

そんな思いとは裏腹に、初めて会った人にそんな話をするはずないじゃない。と冷静な自分がいる。
それなら、少しでも楽しい気持ちをあげたい。

「おなかすいていませんか?」

「えっ」

手にしていた紙袋の中から、小さな袋を取り出した。
本当は、これと一緒に自分の気持ちを伝えられたらいいのに。
そう思わないこともなかったけれど、紙袋の中からおばさまたちに今までのお礼として作ったキャラメルを取り出した。

1つだけ、余分に作っておいたから。
その中から、パラフィンに包んだキャラメルを一個だけ取り出して、辻堂さんの前に差し出した。
ゆっくりとした動作で手が出され、その上に置く。

「これ、食べてください」

掌の上に置かれたものをじっくりとみてから、反対の手で渡したものの形を確かめるように触る。パラフィンで包んだそれの両端を引っ張ると、薄茶色の生キャラメルが顔を出した。

「キャラメル?」

「はい、あんまり甘くないようにはしたのですが」

「なんで?」

その問いかけに、何でこんなものを渡してしまったのだろうという後悔がわいてきた。ほんの少し、少しだけでいいから、自分の作ったものを口にしてほしかった。そして、元気になってほしかった。

「えっと、お腹がすくと、ですね、なんでも悪く考えるというか、甘いものを食べると元気が出るって、お母さんが言っていました」

あ、何を言っているの私。
「お母さん」って何よ。

考えもなくいってしまった言葉に、汗が出てくる。
急にきょとんとした表情になった辻堂さんがつまんでいたキャラメルを掌に戻した。

「そ、それに・・・。」

もう、こうなったらどうにでもなれ。
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