僕は悪にでもなる
そして1週間がたち、今日は、直樹があそこに立っている。
僕は、いつもより声をはり、足を踏みしめて行進する。
直樹の元へと進む。

「ぜんたーーーい。とまれ!!」」

ぴったっと止まり、見えるのは凛とした態度で
堂々と直樹が立っている。
でもやっぱり皆不安そうな顔をしている。
不安だろうよ。怖いだろうよ。
当時想像すらできなかった社会が
今目の前に。
後数分でここから飛び出すのだから。
でもお前なら大丈夫。
決して負けない。

僕は、強い眼差しで直樹を見た。

直樹も強い眼差しで返してくれた。

「今日僕はここからでます。
長い、長い日々でした。
今私は大きな期待と喜び、そしてそれ以上に大きな不安と恐怖。
正直この足が、ここから動きそうもない感情を抱いています。

あれだけ願った社会なのに。
今からそこへ行けるのに。
不思議な感情です。まだ自分を完全に信じてやれていないのでしょう。
でもここを出なければなりません。
待っている人がいるからどんな困難がこの先にあろうとも、
耐えなければなりません。」
直樹が言葉を走らせる。
中庭に端には、哀しそうに小さな体で、肩をゆらせて泣いている。

両親を失って、兄の帰りをひたむきにまっていた妹。

「行ってきます。
皆さん本当にお世話になりました。」

直樹が少し涙ぐみ始めた。

「最後に。。。。」
言葉をつまらせる。

「俺を救ってくれた人。ありがとう。ただ感謝してる。
でもいい加減にしてくれ。心配でしょうがない。
強くなれ。強くなれ。
俺もまだ自分を信じ切っちゃいねええが、お前もきっと帰りを待ってる者が
いる。自分だけじゃねえ。
自分だけが苦しく怖いんじゃねえ。
自分を責めるのはもうやめろ。自分から逃げるのはもうやめろ。
どれだけこの先が長くとも耐え抜きいつかここを出て
その恐怖を超える大きな愛に出会って欲しいんだ。
だからもっと自分を大事にしてやれ!」

明らかに僕に向けて言っている。
初めてこの朝礼に顔を出した院長は、目をつぶって聞いている。

「信じているよ。お前ならきっとできる。
悪を断ち切り、愛をつなぐ。」

挨拶が長かったからか。個人的にメッセージを投げかけたからか、
教官に何か言われて。

「では、もう二度と会うことはないけれど。信じている。
そしてありがとう」

そういって直樹は中庭の端へ。
妹の元へ。
そして社会とつながる門のある建物の中に消えていった。

涙がとまらねええ。
ありがとうって何もしてやれてないのに。
最後にくるっちまった俺はあいつをなぐっただけなのに。
あいつの言うことが邪魔くさくて。
それでもありがとうって。
信じってるって。

くそ。

涙がとまらねえ。

やるしか、ないか。
自分を信じてやれ。耐え抜きいつか大きな愛に出会うために。。。

僕の心がおいおいと、おいおいと、泣く。

そして、不死鳥が飛んだ。

それからまた、いつものように厳しいプログラムの上に乗る。
直樹のいない生活。
空いた直樹の席をじっと眺めていた

もう二度と再犯をしここに戻ってくるなと祈った。
同時に二度と直樹に会えないのかと、とても寂しく思えた。

でも約束した。あいつが今どこへ向かって帰っているのかさえもわからないが
約束した。

必ず守る。男の見栄なのか、意地なのか、絆から生まれたものなのか、
わからないが、溢れ漏れるほどの力が込み上げてきた。

もう死臭を漂わせながら過ごしたくない、情熱に火がつく。
冷たい風を堂々と受けて、長く続く道をひた走る。

いい加減自分におとしまえをつけよう。

不死鳥が笑った。

それから長く長く、厳しく哀しい、毎日が続くが心が折れない
次々と院生達が出所していく。
何度も、何度も愛を求めたことで生まれる哀しみに溺れそうになる。
何度も、何度もくじけそうになるけど、おばちゃんの言葉がよみがえる。

~弱くなったり、強くなったりするのよ。
社会で生きている人も同じ~

~愛を求めるってことは、愛するってのは、覚悟がいるの~

直樹の言葉

~信じている~
~自分を許してやれ~
~いつかきっと大きな愛に出会って欲しい~
~悪を断ち切り愛をつなぐ~

僕は、この言葉に、支えられる。

愛するってのは、覚悟がいるのか。
いつかきっと大きな愛に、出会って欲しいか。
やっぱり怖いな。
僕は、その愛ってやつを今まであまりにも多く裏目に出てしまったから。
大きな愛に出会うたびに裏目にでた。
愛から憎しみを生んできた。
だから怖いんだよな。
僕は、就寝後横になって時ふと考えた。

どれだけ僕の過去愛を、否定するものだったとしても。
どれだけ僕の過去が、憎しみに埋もれていたとしても
また大きな愛に出会うために
僕はここで、おとしまえをつける。

僕がまた心に固く想いを結び、
不死鳥が笑う。

厳しい運動も、厳しい農作業もたえていく。
そして長い長い年月が過ぎていく。
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