僕は悪にでもなる
復讐
それから僕は、どれだけ時を重ねても、母を犯した男をずっと憎んできた。

母が死に、ばあちゃんも死んで廃人に。
学校も行かず、目的もなく、やりたいこともない。

今は親戚の家に住んでいる。


ある日
母がまとめたアルバムを
箱をひっぱりだし、一枚、一枚と歴史をたどるように、めくり始める。

生まれたばかりの美しく微笑ましい自分の笑顔。
透き通るような美しい目の母。
優しさあふれるばあちゃんの表情。

一枚、一枚、めくっていく。

川辺で写した写真。
満面の笑顔の俺。
小さな体で大きな犬を抱きかかえている。
口角をあげて舌をだし、俺の顔を舐めている。
僕も、けんしろうも、びしょ濡れ。
「けんしろう」
僕は、あわててある紙を探した。
血と唾でにじんだ文字。
途中で切れてしまっていたあの紙。
泣くだけしかできなかったあの時の僕が、震えて、泣いて
ただ抱くことしかできなかった。死んだ太郎の口の中からでてきた紙。
悔しくて、悔しくて、拾って握ってポケットにいれたあの名刺。

何の紙なのか。
あの時は何も、わからなかったのに。
確かに拾ってポケットに入れた名刺。
幼いながらあの獣を捕まえるために拾ったのか。
今は覚えていない。
どこへいった。どこへいった。
正気を失い、部屋中をあさりだした。

どこにもない。あるはずない。だってあの時確かにズボンの中に入れたのだから。
どんなズボンをはいているのか覚えているはずもなく
その前にそのズボンが今あるはずがない。

僕は、ぐちゃぐちゃになった部屋の真ん中で横になり、考え始めた。
あの時、あの時。
頭の中で繰り返し、繰り返し、呪文のように言葉をかけて。
脳を起こす。
次第にあの悲劇が、頭の中で広がっていく。
まるで幻想のように、夢を見ているように
微妙なニュアンスで、微妙な絵が浮かび上がり、とぎれとぎれに
思い出す。

少しずつ、少しずつ浮かび上がってくるあの時の光景が一つにつながっていく。
ずっと眠っていた重たい重たい憎しみとともに。
心も頭も幼きころに戻っていく。
幼き心で感じるあの時の恐怖、悔しさ、憎しみ。
名刺のありかを思い出すために、脳を起こしたのにすっかりとあの時の感情に支配されていた。

そろそろ出所しているはずだ!
もう一度、名刺のありかを考えたが、どこにもなかった。思い出せない。
思考回路を変えて、名刺のありかを探すのではなく、あの時確かに見た名刺に記載した
住所。あの時確かに読めた。小学生が読める漢字。
心を再び太郎の口から取り出した血の混じって途切れた名刺を手にしたその瞬間に戻る。

何度も、何度も今に戻る心をあの瞬間に。
呪文のように、呪文のようにあの瞬間に移動する。
離れても、離れても、飽きずに繰り返し、繰り返し。





4と読めない字。

口がある市内で住所があるのは、川口町。そこは、飲み屋街。
僕は、おきあがった!
4。。。

4番町?4丁目?4階?
いや違う。
漢字ではなかった。暗号のようにあの時は見えた。簡単な字だけど読めない。
アルファベットだ!F、4階だ!

バイクの鍵をとり、飛び出した!

すると友人から電話がなった。
「もしもし」
「幸一、飲みに行こうぜ!」
「いや、今日はちょっと用事がある」
そう言って電話をきって、すぐにバイクにまたがり川口町に走った!

適当にバイクを止めて周りを見渡す。
川口町は広い。4階以上あるビルもたくさんある。
僕は、、ひたすらに、ひたすらに4階にのぼっては確かめる。
壁につけられた看板。まだ空いていないキャバクラ、バー、クラブ。
入口から入れないビルもたくさんあった。
誰かいるとしても、事務所。人探しをしていますと強引にはいるが
あの獣は見当たらない。
あいつだけは必ず見ると、はっきりと確証できると自信があった。
息を切らしながら日が暮れてもまわり続ける。
次第に夜街に人が集まり、姉ちゃんたちが出勤し、会社員たちが帰り始める。
すれ違う人が少しずつ増えてくる。
次第に街がにぎわってくる。
でも周り続けた。そしてついておおむね全てをまわったが、手がかりがなかった。

僕は、、疲れ果てて、路地裏の隅に座りこんだ。
煙草をくわえ、空を眺めて、煙をはく。
ニコチンは頭を刺激し、正気にもどった。
「あー。俺はなにやってんだ。やっと動いたと思えばこんなことを。見つかるはずもない。
でもよく、これだけまわったな。」
そう思った。
あの獣へのまだ眠る執念か。

眺める空には美しく星が光る。

「下ではこんなバカなことをしている俺みたいな人間がいるってのに。星はいつもかわらずきれいだなあ。」

僕は、、じーと頭をあげて眺めていた。
気付いた時には煙草の灰が落ち、火はフィルターまで達していた。
フィルターが焼かれる臭いと、わずかに熱い中指に気付き、煙草を捨てた。

きれいな星空から下界に目線を落とすと、酔い狂った汚いおっさんが、ねえちゃんに甘えている。女は金のために、作り笑いをしている。
厚化粧の下には金、金、金。

作り笑いも厚化粧の下にある本性も知らずに、馬鹿みたいに臭い息を吐き笑っているおっさん。弱った足でふらふらと、ふらふらと。

分厚い財布をだし、ぶらぶらと振り、「金はあるんだよ。」と姉ちゃんに言っている。
女は反射的に顔色を変え、欲望が作り笑いを消し、厚化粧の下の本性が顔を
だす。
おっさんは満足気に笑ってる。

「もうそんな体じゃあ動けないだろ。いくら銭があってもあそこが言うこといきないだろう。俺がその金を代わりにつかってやるよ。」

僕は、、悪から引き継ぎ、栄えた悪とともに笑った。

おっさんに近付き、ふらつく弱々しい膝を膝上からけり下ろし、座らない首の上で
ふらふらと揺れる顎を横殴りし、おっさんはケツから地面に沈んだ。

女は逃げ出した。
「金か?金ならやるよ。ほれ、ほれ」と分厚い財布の中から札を取り、僕に差し出した。
ガキなら喜びそうな額をわざわざ考えて。

「もらうよ。」と言って札を取り、財布もとった。

でも僕は、、まだ楽しみを欲していた。
自分でもわからない感情が。目の前のおっさんが、幼きころ何もできなかった、一発も殴れなかった。あの獣に見える。
おっさんのかかとは地面につき、尻もつき、ひざ下だけが地面からわずかなスペースを作っている。そのひざを上から踏んだ。

叫ぶ声、痛がる表情。
僕は、楽しんでいた。

満足した僕は、おっさんを残し、昼間かかってきた友人に電話をかけた。

「飲みに来てるのか」
「来てるよ!、幸一これるの?」
「おごってやるよ。今どこ?」

そして友人を複数集め、情報を集めるために夜店をはしごした。
友人たちははしゃぎまわっているが、僕は、ただたただ情報を探している。
情報はこの街の4階。これだけじゃあ、調査もくそもない。
だから思い切って昔母が犯されたことを明かした。
ホステスたち顔をひきつって何もいわない。
あまり関わりたくない表情をしている。
聞いても聞いても、ネタがあがらない。
僕は、金を友人に渡し、次の店、次の店へとまわった。

ネタが上がらないままその日は帰った。
疲れたせいか、すぐに眠りに付き、起きたのは夕方だった。
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