僕は悪にでもなる
少年院
トントン!!

「少年院送致を決定する」
この一言で、僕の腐りきったどす黒い監獄暮らしが始まった。
親戚のおばちゃんは泣き崩れ僕の手をとって離さない。同行する鑑別所の職員がその手を無残にはらいのけ
鑑別所へと向う。

1日鑑別所で過ごして早速次の日に鑑別所を後にした。
異様な緊張感の中、手錠をかけたまま車で三時間の移動。
僕は、自分がこれから少年院に収容されることは、もちろんわかっていたけれどなぜか現実のようには思えない。

両脇に教官に挟まれて、僕は進みゆく永遠に続く高速道路の白線をだらりと見ていた。
どこまで続くのだろう。
またいつの日かこの道を通り、また帰ってくる日があるのだろうか。
今は想像すらできていない。

この道のゆく先にどんな日々が待ち構えているのだろう。

ただ体だけが運ばれていく。
意識はどこに。
何も考えられない。
想像も、恐怖も、期待も、悲しみも
ただ感じるのは胸の中がぽっかりと穴があき、誰かに魂を抜かれているような感覚。

まぶたは重く、胸は空洞になり、風が入る。
手足が、力入らず、車の揺れに振られて、両脇の教官に挟まれてようやく倒れずにいる。

だが視線の先はずっと白線から離さない。

そんな廃人化した僕が、はっと重たいまぶたに力を得て
心が戻り、魂が戻った。
腰にも力が入り、前しゃがみになり、ずっと見つめていた白線から視線を空にむける。
山と山の間に美しい虹がかかっている。

前しゃが身になった僕は、両脇の教官に、腰縄をひっぱられ
わずかに見えていた美しい虹が
フロントガラスの上のへと消えた。

目的地に近づいた頃教官から
「心構えはできているか?」
と僕を、脅すように声をかける。

心構えもくそも、もう魂を抜かれ心なき僕に
何の脅しも通用しない。

僕は、返事をすることもなく、現実味もなく、廃人のまま少年院に着く。

門をくぐり、複数の教官が立ち並び、待ち構えている。
犬のように腰縄をひっぱられて、大きな白い建物に連れて行かれる。
建物の中は暗く、暗くどこまでも続く廊下がある。

中にはいるとすうーっと詰めたい空気が首元を通り
静かすぎる空間に吸い込まれていった。

ある部屋に入り座れと言い残し、教官は部屋をでていった。

いろんな手続きや質問などをされていたが、適当に答え、適当に聞き、適当に手続きを終えた。
そして教官は
部屋をでて扉の鍵をしめて、教官の腰にかけられた複数の鍵同士が当たる音とと
足音が静かな廊下に残していった。

本当に、静かだ。どこに人がいるのだろうと僕は、ふと思い
窓の向こうの中庭に目をむける。

すると突然、この静かな空間に思いがけない掛け声が鳴り響き
中庭にいた鳥たちが空へ飛んで行った。

「前へーー。ならえっ!」

馬鹿でっかい声が響きわたり、囚人服を聞いた寮生たちが一寸のずれもない動きで集まり、そして行進していく。
その光景はとても現実として受け入れられるものではなかった。
寮生達は、異常なほどの真顔で指先をそろえ、まるで糸で操られているように全くずれのない動き。
その異常な動きに必死についていく足の悪い院生がいた。
その少年に、僕は、妙に気になった。

声を張り上げて足音が同じテンポで静まった廊下を通り、奥の方へ消えていった。
その異常な光景がまるで幻想だったかのようにまた静かで暗い廊下に戻る。

静かな廊下にコツコツとまた誰かが歩く音
少しずつ近づいてくる。

教官がやってきた。

そして、「はじめは1週間あまり個人部屋で過ごす」と聞かされて、少し僕は安心した。

そのまま、動揺を隠せないままに教官につれられ個人寮の入口へと進む。

長い廊下の果てにある重たいドアを開けると、また真っすぐに暗く長い一本の廊下があり
それに面して鉄格子に囲まれたいくつもの部屋がある。

暗く、寒く、静かで人のいる気配が全くしない。
異常なほどに鳴り響く重たい鉄格子の扉が閉まる音。
鍵を閉める音。

「そのまま真っすぐによそ見をせずに歩け」

そう言われ前へ進む。
「そこで、とまれ」

と言われ足を止める。

教官は何も言わずにじゃらじゃらと腰にブラさげた鍵を触り、静かな廊下に音を与える。
ぎしぎしと、さびが擦られると音を与えながら
鍵をあけ、独房の重たい扉をあける。

僕は、ぽんっと背中をおされ、部屋に入れられて重たい扉を閉めて、じゃらじゃらとぶら下げた鍵が当たり合い、音を鳴らしながら教官が去って行った。

ぽつんと突っ立った。
目に映るものは、暗く狭く、悲しい部屋。
すぐ右横にはむきだしの便所。
その横にベットがあり、後は1つイスが置かれているだけ。
正面には太い鉄格子と外が見える窓。
床には陰毛がちらばっており、一歩足を前に出すとふんわりと床をするように横に逃げていく。

僕は、イスに座って外を眺める。
その頃すでに日が暮れて外は真っ暗だった。だらりと無気力に、ただ真っ暗な外を眺めている。
静まり返った敷地内、人情も、友情もこれっぽちも感じられない空気を漂わせている。
イスに座った廃人は心を抜かれ、その穴に冷たい風が通る。
何も考えない、考えられない、ここにあるのは体だけ。

何一つ物音がしない。見えるものは暗闇。
どれくらい座っていたのだろう。

すると突然、遠くの方から一人の掛け声から始まって
一点のずれもなく数十人がそろって目が覚めるような大声で

「おやすみなさい!!」

寮内全体が一瞬にして静かな空気を吹き飛ばした!
さっきまで、誰一人として人の気配がない、静寂で暗黒の空気が嘘のように。

その後すぐに個人寮にも教官が来て
鬼のような声で「就寝準備!!」
と叫び、ベットに置かれた、薄い色あせたパジャマをとり着替えて
布団を敷こうとしたが、
すぐに次々と、端から点呼をとっていく。
一人一人、名前を教官にいい、おやすみなさいと言っている。
次々と進んでいく。準備もくそもない。

布団が敷けないまま僕の番が来た。

「何してんだー!はやくしろ!」

「終わったらここに立って名前とあいさつ!」

教官が睨んでくる。

わけのわからないままに、名前を言いおやすみなさいと、つぶやいた。
点呼が全て終わると遠くの方からわずかに残る明りを落とす音がして、一瞬にして真っ暗になり
静寂な空気にもどる。

冷え切った薄い布団をめくり、固い枕に頭をのせて横になる。

目が覚めると優しく中庭で鳥が鳴いている。
固い枕にうすい布団。
悲しい部屋から見えるわずかな優しさを眺めている。

そんなひと時を情けも知らずに、大音量のチャイムが鳴り響き、
鳥たちが逃げて行った。

そしてまた、集団寮から聞こえる院生達のバカでかい掛け声が鳴り響き、着替える暇もなく、布団をたたむ間もなく個人寮の点呼が始まった。

また怒られた。
今度は何とか間に合ったけど、囚人服のファスナーが一番上まであがっていないとか、
たたんだパジャマや布団にずれがあるとか。
どうやったらこの間にできるんだよ。
と僕はつぶやき、たたんだパジャマと布団の端をきっちりと揃え直した。
寝起きに、
ぼーっとしたり、
目覚めにコーヒーを飲みながら一服したり
そんな朝がうらまやしく思える。

すぐさま朝食が配布され、食べていると次々に聞こえてくる。
ごちそうさまでした。
そう言って次々と返却台に食べ終えたおぼんが置かれている。
僕は、まだ半分も食べていない。
急いでかきこんで返却台におく。

教官が個人寮の端から次々と回収していく。
僕の、部屋の前に着くとまた教官が怒る。

「食べ終えたら、ごちそうさまと言ってから返却台におきなさい。」

細かなルールばかり。

僕は、イスに座り熱いお茶をすすりながら外を眺めていた。

わずかに見える門の向こうで走る車。
自転車で通学する女子高生。
見上げればどこまでも青く澄んだ空。
目覚めに見た鳥たちと優しい鳴き声。

あれだけくそだと思っていた社会がまるで天国に見える。
あれだけバカバカしいと思っていたのに、
今僕は、この緊張感ある場所、閉鎖された場所、自由なきルールだらけの場所、暗く悲しい場所に来たことで、幸せのレベルが下がっていた。

これからどんな毎日を送っていくのだろう。
今日も一日こんな狭い場所で、ただイスに座っているだけ。
長い長い1日。
その何百倍もの日々がこの先に残る。

そしてあの一寸のずれもない、集団寮ですでに少年院生活の本番を送っている寮生たちの
異様な動きと顔つき。そして聞こえてくるバカでかい掛け声。
一体集団寮はどんな所なんだろう。
耐えがたい恐怖感を覚える。

僕は、この狭い部屋で1週間を過し、
その間、集団寮の細かすぎるルールや厳しさを伝えられ、
ズボン、服、ジャンバー、パンツ、シャツ、パジャマ、運動服、運動靴、
すべてに名前を布で縫い付けていく作業をする。
使いまわしができるように、油性のマジックで書くのではなく布で縫って名前を入れる。
集団寮へ移る準備をしていた。
作業服や足袋も支給され
集団寮で使う生活用品も支給された。

全ての持ち物を箱に入れろと指示され、僕は集団寮へ移る時を待つ。

そして教官に呼ばれて荷物を入れた箱と、布団を抱えて独房からでる。
長い長い廊下を歩いていく。
教官が小さなドアの前でとまった。
「ここが集団寮だ」
と言い鍵を開けて重たいドアを開いた。
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