アロマティック
 わたしには永遠がいる。
 みのりの頑なだった心の壁にヒビが入り、崩れていく。
 いま話せる範囲で、話してみよう。心を決めて口を開く。

「他人が聞いたらよくある話だよって、いわれるかもしれない」

 黙って耳を傾ける永遠は、ちゃんとそこにいて、見守ってくれている。みのりは彼の存在に助けられ、話しを続けた。

「わたしね、小さい頃に両親が離婚して、お母さんに育てられたの。いわゆる、母子家庭。生活のために、お母さんは仕事仕事で、家にいることの方が少なかったんだ。独りっ子だったわたしは、家でひとりでいることが多かった……」

 みのりの脳裏に幼い頃の思い出が鮮やかに甦る。小さかったあの頃、六畳一間のおうちがやけに広く感じた。
 怖かった夜。閉めたカーテンの向こうの闇が怖くて、犬のぬいぐるみを抱き締めながら、お母さんの帰りを待っていた。

「お母さんとの親子関係はよくて、親子というより、友達みたいな関係だった。でも、わたしが高校生の時、お母さんは過労で倒れて……酷使した体は日に日に弱ってそのまま……」

 ひとりでいることに慣れたけど、寂しさに慣れることはなかった。

「………」

 言葉を挟むことなく、永遠がみのりの手を優しく包む。過去に心を飛ばしていたみのりは、その仕草に慰められた。
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