アロマティック
「あの人に会ったのは……大学の受付の仕事を始めたのがきっかけ。彼はその大学の学生で、多忙なひとだったから、単位の問題もあって受付の方によく顔を見せてた。会話する機会も多くて打ち解けるのに、それほど時間はかからなかったの」

 あのときは、輝いている彼に夢中になっていた。
 好きで好きで、他のものはなにも見えなかった。

「お互い相思相愛なんだって、信じて疑わなかった。ケンカしてもすぐに仲直りできたし、一緒にたくさん泣いてたくさん笑った。一緒にいることが当たり前だと思ってた。もしかしたら、わたしだけがそう感じていたのかも……」

 一生開けると思っていなかった、心の奥底に閉じ込めていた記憶の扉。開けたと同時に、錆び付いていた心の悲鳴が聞こえてみのりは狼狽えた。

「……結果、浮気されて終わり。心から信じていたひとに裏切られて、それから男性を信じられなくなってしまった」

 裏切りの、身を切るような痛みに、深手を追い血を流した心は、やがて枯れたのだ―――。

「そうだったのか……」

 永遠の口から絞り出される苦しげな声に、顔をあげたみのりが見たものは、整った顔が苦しげに歪み、いまにも泣き出しそうな姿だった。

「深く信じた分、裏切られたときの衝撃は……簡単にはいい表せないよな」
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