アロマティック
 不愉快そうにみのりの目が細められる。こういう場所で楽しく飲むのはいい。だけど、周りの迷惑を考えたら、少しくらいは声のボリュームに気をつけるべきじゃないの?
 声を張り上げないと聞こえないほど、今日の居酒屋は煩くない。

「み、みのりちゃん、怒っちゃダメだよ? ここ、居酒屋だから」

 こめかみをピクピクさせるみのりを見て、焦った理花はまあまあと、懸命に落ち着かせようとする。
 みのりはカシスソーダの残りを、ぐいっと一気に飲み干した。

「つぎ、ハイボールの大ジョッキいくわ」

 みのりはタッチパネルを操って注文したが、その間も不機嫌そうに顔はひきつっていた。
 時おり聞こえてくる「うっひゃっひゃ」だの「やめろー!」だの、男同士がじゃれあう声に、眉間をぴくぴくさせている。みのりはすっかり無口になってしまった。

「今日は賑やかだねぇ」

 アハハ~と理花がその場を取り繕って、むりやり笑う。

「……後ろの席がね」

 鋭い刃先のナイフのように冷たい呟き。楽しく飲む雰囲気ではなくなってしまった。このままではまずいと、理花は会話を探す。

「あ~えっと、あっ! そういえば、今日この街を「Earth」がジャックしたの知ってる? 駅前の、特殊な作りのショッピングモールが受けてPV撮影したんだって!」

「ふーん」

 Earth?
 PV撮影?
 なにそれ?
 聞き慣れない言葉にみのりは眉をひそめた。

 話題を見つけた理花が、目をキラキラさせながら話し始める。どうやら彼女の得意分野らしい。
 これは話が続きそうだ……みのりは確信した。
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