アロマティック
 その声に振り向くと、天音が小さくガッツポーズをしている。どうやら強敵に勝ったらしい。
 空は相変わらず和菓子の新作のイメージを形にするのに懸命だし、聖はヘアブラシを片手にワナワナ震えていた。きっと前髪が決まらなくてイライラしているんだろう。朝陽は真剣な表情で文庫本のページをめくっている。
 なんだか急に寂しくなってきた。こんな風に寛ぐ皆とも今日でお別れだと思うと、離れたくない気持ちと相反しあって心が痛んだ。
 最後の挨拶をするなら皆が揃っていて、仕事をしていないいまがチャンスだと、口を開きかけるものの、声がでない。
 いつまでも立ち尽くすみのりに違和感を感じたのか、原稿用紙にペンを走らせていた永遠が顔をあげた。

「どうした?」

「あ、うん。あの……」

 いまが、永遠の感心を引いているいまが、話すチャンス。
 さぁ、いままでありがとうと、感謝の言葉を。

「あ……なんでもない」

 臆病風に吹かれ、慌てて首を振る。

「みのり?」

 永遠は訝しげな表情で首を傾げた。みのりはなにかに悩んでいる。

「whyー!」

 そのとき、なぜか英語で聖か叫び、ヘアブラシを持つ手をぷるぷる震わせた。
 揃って皆が顔をあげ、聖を見る。

「あなた日本人でしょ!」

「チッ、マジウゼェ」

「うるさい!」

「いい加減にしろって」

 一斉にメンバーからの総突っ込みを食らう。
 怒られてもなんのその、ヘアブラシを持ったまま、鏡のなかの自分とにらみ合いっこを続けていた。

「ね、みのりちゃんは、どうすればいいと思う?」

 あ。
 矛先がこっちへきた。
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