アロマティック
「今日はさ、前髪をね、全部あげてオールバックでクールに決めようと思ったの。でもね、俺が頭に描く理想の形になんなかったんだ。で、ね!」

 ここからが本題というように、真剣な表情で聖が近づいてきた。

「結局、横に流すことに決めたんだけど、右に流した方がいいのか、左に流した方がいいのか、わからなくなっちゃったんだ。どっちがいいと思う?」

 どっち、って。
 どっちに流してもあまり変わらないような。

「どっちでもいいんじゃない? どんな髪型でも聖ちゃんは聖ちゃんだよ」

「それじゃだめなんだぁぁぁぁぉぁぁ」

 まるでこの世の終わりみたいに頭を抱えている。皆はまたかよ、とそれは迷惑そうに見ていた。みのりも苦笑しか浮かばない。
 そのとき、ドアが叩かれスタッフが顔を出した。

「すみませーん! そろそろスタジオのほうに移動お願いします」

「はーい」

 返事をしながら各々片付けを始める。聖はヤバイヤバイと呟きながら鏡の前に戻り、乱暴に前髪をとかしていた。
 皆が席を立ったとき、これが最後の機会だと思ったみのりは行動に出た。

「あのっ」

 呼び止められて、皆の足が止まる。

「いままでありがとう。お世話になりました」

 握りしめた両手を腿の上において頭を下げた。焦った声は震えて、早口になっている。皆の反応が怖くてまぶたを強く閉じた。

「わたし、今日をもって、アロマアドバイザーを辞めます」

 全てをいいきったあと、訪れたのは重い沈黙だった。
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