アロマティック
 学校入学の申し込み、在留届け、パスポート、ビザの取得、航空券。必要なものは全て揃った。
 あとは、荷物を詰めた大きなスーツケースと一緒に、明日ロンドンへ向けて旅立つだけ。
 本当なら、アロマ留学のことを考えて期待に胸を踊らせているはずなのに、いま、わたしの心は重くたれこめた霧のように沈んでいた。
 留学準備をしている間は、手続きに走り回ったり、スーツケースに入れるものを買いにいったり、いない間の部屋がキレイに保てるように掃除したり、なんだかんだ忙がしくて気を紛らわすことができたけど、全てやり終えたいま、考える時間が出来てしまうと、期待感よりも憂うつが胸を占めた。

 電気が明るく照らす、音もない静かな部屋で、ベッドに背中を預け、曲げた膝を抱きしめる。
 思い出すのはただひとり、永遠のことだった。

 永遠……。
 結局あの日から連絡を取らないまま、ここまで来てしまった。永遠からも連絡はなく、自ら連絡を取る勇気も持てず、スマホを見てはため息をつく日が続いた。
 メールしてスルーされたら、電話して冷たくされたら……そう考えたら怖くて、行動に移れないまま、この日が来てしまった。
 一方で、永遠から連絡がくるかもしれないと、期待するのは間違っているのかもしれないけど、もしかしたら……と、心のどこかで彼からの連絡を待っている。
 怒らせたわたしがそんなこと思うなんて、身勝手だ。
 これは当然の結果。

 アロマアドバイザーとして永遠についてから、ほぼ毎日をあたり前のように永遠と過ごしていた。まさか、こんな風に会わない日が来るなんて考えもしなかった。
 でも現実は、何日も何日も永遠と会うことなく過ぎている。
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