こうべ物語



「今日は雨だな。おい。」



大きな窓から外を眺めながら、麻里奈の父親は執事を呼び寄せた。



「旦那様、お呼びでしょうか?」



初老の執事が素早く近づく。



「車で麻里奈を大学まで送る手配をしなさい。この雨では歩くのは危険だ。」



「かしこまりました。」



「ちょっと、お父様、何言ってるの!」



父親と執事の会話が聞こえた為、押部谷麻里奈(おしべだにまりな)は慌てて父親の元へ駆け寄った。



「こんな雨、傘差したら問題ないよ。それに大学は家から見えているんだから。」



窓から六甲山に向かってすぐ手前に真っ白な建物が見える。


それが麻里奈が通っている大学だ。


神戸市東灘区岡本。


高級住宅地として全国的にも有名な芦屋に隣接する東灘区は、阪急電鉄神戸線から山沿いに高級な一軒家が建ち並ぶ。


麻里奈の家もそのうちの1つ。


いや、他の家とは比べ物にならない、一際大きな屋敷だ。


押部谷麻里奈、大学3年生。


関西では名高い押部谷一族の1人娘。


財界、政界に顔が広い父親と、芸能に精通する母親。


幼い頃から何不自由なく育ってきた、いわゆる箱入り娘だ。


父親は麻里奈を溺愛するが故に、私立の女子中高一貫校に入学、卒業させ、そのまま女子大に通わせ、悪い虫、すなわち男が寄り付かないように徹底していた。


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