こうべ物語



改札口へ降りる階段の前で、1人の青年が壁にもたれて少し俯きながら立っている。


薄暮になり、顔がはっきりと見えなかったが、涼子にはその青年が誰なのかすぐに判別出来た。



(花隈、君…。)



まさか、自分の事を待っていると思わず、恥ずかしい気持ちが大きくなり、涼子はその場に立ち止ったまま暫く動く事が出来なかった。



(きっと、他の誰かと待ち合わせしているんだよね…。)



やっとの思いで歩き始めると、気付かれないように、右を向いて別の改札口へ向かった。


気付かれないように。


そして、改札口へ通じる別の階段まで辿り着き、そのまま1歩降りようとした時、軽く肩を2度叩かれた。



(もしかして…、まさか…。)



ゆっくりと振り返ると、誠也が見下ろしながら微笑んでいる。



「ああ…。」



思わず声が出ない。



「メール、ありがとな。」



優しい言葉が涼子の胸の奥まで伝わった時には、目から涙が一筋流れていた。


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