最後の恋の始め方
***


 「そういえば明後日、あの男がここに来ることになっている」


 「えっ」


 またしても甘い余韻を切り裂くようなことを、僕は口にしてしまう。


 理恵が好きでたまらなくて、僕をこんなにさせる理恵が許せなくて、ついいじめたくなる。


 「満期の保険の件だけど。保険の話に集中して、おとなしくしている自信がないな……」


 あの男の存在に理恵が動揺しているのを楽しみながら、僕はますます意地悪をする。


 「つい勢いで言っちゃいそうだな。お前は理恵を狙っているのか? って」


 「やめてください。そんなことをしたら、和仁さんまで変に思われますよ」


 「……冗談だよ。僕だってそこまで馬鹿じゃない」


 笑いながら理恵の髪を撫でた。


 「あの男の前では偉大なる写真家と、佑典の温厚な父親役を演じ続けるよ」


 「いつかぼろが出ますよ……」


 再び指を絡め、口づけを交わした。


 先ほどまでの甘い行為により、溶けたままの理恵の体は、またしてもたやすく蕩け始めた。


 「一冬中こうやっていられたら。雪だって溶かすことができるのに」


 理恵を腕の中に抱いていると、本気でそう思う。


 冬の寒さも積もりゆく雪も忘れてしまうくらいに、理恵と僕は目の前の温もりに溺れていた。
< 94 / 162 >

この作品をシェア

pagetop