砂の鎖
桑山さんは葬儀の後も度々、我が家に訪れた。

直接私が会話をしたことは殆ど無い。
殆ど拓真が話をしていたからだ。
その時々で、あの拓真が、この人には声を荒げることがあった。


「苦労はしていないかい?」

「え……」


余り口をつけ慣れない薄い磁器のティーカップが、前歯にかつんと当たった。
私は一度カップを置いて、もう一度彼を見た。


「難しい環境だろう。揶揄も多いに違いない」

「……それは……そうですね……」


仄めかされた言葉に、私は否定の言葉は思い付かず頷いた。
揶揄が多いのは、間違いはない。
難しい環境だと言われることも、とても常識的なことなのだろう。


「……亜澄さん。私が信用できないという気持ちもよく分かる」

「……」


桑山さんが我が家を訪れる時は拓真と二人でどこかにいくか、私が外に出されるかどちらかであることがほとんどだった。
私もその時ばかりは珍しく、素直に拓真に従っていた。
桑山さんに対してあの甘ったるく頼りない拓真が感情的になる事を知っていたから。
拓真が、私と桑山さんを会わせたくないと思っている事に気が付いていたから。

そして私も、拓真の前で桑山さんと話をしたくはなかった。


だから私は、桑山さんを避けるようになった。
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