砂の鎖
一度、桑山さんは今日の様に、学校に来たことがある。
それはまだ、ママが死んでからいくらも経っていない時だった。

その時の桑山さんのやり方は冷静では無かった。
このご時世、保護者以外の男性が生徒を迎えにくるということは非常に厳しい。
特に水商売をしていたママの娘の私を迎えに来る中年男性。これを周囲が放っておくことは無かった。
すぐに職員が来て、拓真にも連絡が行った。

けれど拓真が私を迎えに来るまでのわずかな時間、私は桑山さんと二人きりで話をすることになった。
わずかな時間で彼が教師たちから信頼されたその理由。
それは桑山さんが、立場のある人間だったからだ。

彼が教師に手渡した名刺には代議士と書いてあり、彼の顔は時々、ニュース番組の中で見ることができた。
私が知らなかっただけで、教師たちは彼の顔を知っていたらしい。

その後、慌てて飛び込んで来た拓真は桑山さんに他人に騒がれる様なやり方はしないでほしいと意見した。
香典の時とは違い、これには桑山さんが拓真に折れた。


私は、桑山さんがとても苦手だった。

桑山さんは穏やかな、けれど自信に満ちた堂々とした視線で私を見る。
それに私は、目を背けてしまう。


「もう一度はっきり言おう。私は君を養子として迎え入れたいと思っている」


この人は、言い難い事をこうしてはっきりと口にする人だ。
だから、とても苦手だ……


彼は、二人きりになった職員室でも同じことを言ったのだ。
そしてその後送られてくる手紙にも、同じ言葉がいつも書かれていた。
拓真と二人で話す会話の内容も同じ話だったに違いない。

私は、いつも同じ言葉が書かれた桑山さんの手紙を開封せず、それでも捨てることもできず、机の引き出しにしまいこむようになった。
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