砂の鎖
「ママってさ、子供っぽいし、すぐ隠し事するし、調子いいし、恋人もコロコロ変わってたみたいだけどね」


私は泣き崩れて誰かの名前を呼ぶママなんて知らなかった。

拓真は確かに、私が知らないママを知っているのだろう。

拓真の前でママは、私に見せていたものとは違う顔を持っていたのだろう。



ママは私に大事なことを一つだって言わなかった。

ママは私に本音なんて話していなかったのかもしれない。

信用、されていなかったのかもしれない……


「でもさ、うちに連れてきた男って一人もいなかったよ」


それでも、私だけが知っていることもある。
ママと過ごした時間は、拓真よりずっと長い。


「あず……」


情けない顔を上げた拓真を私は少しバカにするように鼻で笑った。
そうすれば、拓真は鼻をすする。


「ママが私に会わせた男は拓真だけだよ」


それは、私が知っている事実。


ママがどう思っていたのかは私は知らない。

ママが私を信用していたのかも知らない。

それでも私は、子供みたいなママが大好きで、ママは私に大好きだと、いつも言っていた。



それが、私が知っている事実。




拓真はありがとうと小さな声で言って、それから暫く泣いていた。


私はそれ以上何も言わず、拓真が作った煮物を食べた。

私が作る時よりも甘ったるくて、少しだけ、ママが作った味が濃い煮物を思い出した。
ママよりもずっと料理上手な拓真には悪いけど。

でも何故か、拓真が作った煮物の味に、ママが作った料理に散々文句を言った夜を思い出す。


『やっぱあずが作ったほうが美味しいね。あずが作った里芋の煮っ転がしが食べたいよ……』


そう言って肩を落としたママに、私は甘いだけの煮物を無理に口に詰め込んで、『食べれなくはないよ』と言いながら誇らしい気持ちになっていたんだ。



私は、一杯1000円の紅茶よりも、一食500円の冷凍のアジの開きと里芋の煮物の方がずっと好きだと思う。
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