LOVE SICK
「……帰ろ……」


そう独り言ちながら携帯電話に手を延ばした。

携帯電話のディスプレーには不在着信を示す文字が点滅していた。
けれど深夜の着信なんて、大抵がロクなものじゃない。

誰からの着信かは見もせず、時刻だけを確認した。

まだ、朝の6時。
家に帰って出勤の準備をして、ギリギリ間に合うだろう。

会社には間に合う。
けれど、今日はもう間に合わない。
いつものカフェで珈琲を楽しむ時間は多分ない。

彼は今頃、いつものカフェに向かっているんだろうか。


彼は何時に帰ったのだろう。
私が酔い潰れて眠って、すぐに夜のうちに帰ったのだろうか……

彼は明日からも、いつも通りに来るんだろうか……


(行きにくくなるなぁ。もう……)


溜息を吐いてから、帰り支度をする為にノソノソと大きなダブルベッドから抜け出した。


ハンガーに掛けられた、昨日来て居たスーツに手をかけようとしてふと気がついた。

スーツを掛けたのは、彼だろうか。
昨日散々酔っ払って居た私がこんな丁寧な事をしたとは思えない。

ブラウスとスーツは掛けられて、下着もキチンと纏められて。
よくよく自分を見てみれば、キッチリと縛られたバスローブの紐。


あの人は、意外と几帳面な人らしい。
意外……でもないかな。

可笑しくなって、クスリと思わず笑ってしまった。


(嘘みたい……)


お酒の力と勢いに負けて思わず抱いてしまった、誰とも知らない女をこんな几帳面に扱うなんて。
変わった人だ。

大体、誘ったのは私の方だ。

それなのにお金まで置いてくなんて……本当に変な人。

どうせなら朝までいてくれればいいのに。
そうしてくれたらせめて、この変なやり切れなさ加減や虚しさは幾らかは少なかった筈だ。


けれどやっぱり、嫌だったんだろう。
冷静になった私に何を言われるか分からない。
私に記憶がなくて、騒がれでもしたら大変だ。

綺麗な顔をした優しくて几帳面な彼は、どうやら小心者らしい。
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