音の生まれる場所
「聞けるの?真由…」

誰よりも傷ついてる私を見てきた夏芽が、心配そうに聞いた。

(聞けない…。聞きたくない…。あの曲は…思い出があり過ぎる…!)

「き……」
「聞けよ!」

ハルが怒ったような声を出した。

「聞けよ!聞いた方がいいよ!」

断定的な言い方。それに合わせて、シンヤも付け加えた。

「僕も聞いた方がいいと思う。聞いたら何かが変わるよ。だから聞きなよ、真由子」

かつてのブラス仲間。いつもいつもふざけ合ってばかりいた友人達。
でも今日は、皆、どこか真剣だ…。

「…聞ける所まででいいから聞こっ。これだけ二人が言うんなら自信のある曲なんだよ…」

夏芽が肩を支える。震えている私に気づき、そっと寄り添ってくれた。

「朔が生きてたら…きっと聞けって言うぞ」

殺し文句。それを言われたら、逃げられない…。

「……分かった…聞けるとこまで…」

どうせ月曜日、編集長と三浦さんから感想を聞かれる。
その為に少しだけ耳に入れとけばいい…。

そんな理由で聞くことになった。


「じゃあ頑張って!私達客席に行くから!」

フラつく私に限界を感じた夏芽がハルとシンヤに手を振る。
向きを変えドアの所まで来た時、後ろから名前を呼ばれた。

「小沢さん!」

ビクついて振り向く。
さっきの王子様的な顔立ちをした男性が、急ぎ足で走り寄って来た。

「一曲目の冒頭のソロ、自分が担当なんです。じっくり聞いといて下さい。語りますから」

自信たっぷりな表情。その瞳を見て思い出した。

『音は言葉と同じ語るもの…』

そう言ったのは彼だった…。

何を語ってくれるのか分からない。何を聞かせてくれるのかも分からない。
でも、この人の語りは聞いてみたい。
音じゃなく、言葉を、聞いてみたい…。

「……楽しみにしています…」

崩れそうな足元。でも、気持ちに少し張りが戻った…。

「じゃあまた後で」

満面の笑みを浮かべて去って行く。
その後ろ姿もまた、自信に満ち溢れていた…。

「行こっ…」

夏芽の声に合わせて前へ踏み出す。
さっきよりも少しだけ、足に力が入っている気がした……。
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