追憶のエデン
アリシアさん達がこのお城にやってきて6日目の朝。


ある筈の温もりはなかった。そして痕跡も、なかった。
その事に酷く安堵する自分と、少しの寂しさを感じてしまう自分がいることに驚いた。


でもいつまでもベッドにいる気にもなれず、クローゼットからウエスト部分にリボンの付いた黒地のシフォンワンピを取りだし、手早く身支度を済ませると、ダイニングへと向かった。


そこには給仕のメイドさんしかおらず、香ばしいバターが香る焼き立てのパンと、鮮やかな黄色のふわふわのオムレツ、カラフルで瑞々しくて綺麗なエディブルフラワーのサラダ、ブルーベリーとミントの葉が仲良く可愛く乗ったヨーグルト、そして淹れたてのブレックファーストのミルクティーがテーブルに着くと用意された。


昨日、碌に食べなかった身体はエネルギー不足を訴え、全て綺麗に食べきると、お腹が満たされたのが分かった。でもやっぱり何かが満たされず、せっかく用意して貰った朝食なのに何だか味気なく感じていた。
慣れている筈の一人での食事。一人暮らしをしていた時は、一人でとる食事になんの疑問も感情も抱かなかった。でもここに来て誰かと一緒に取る食事に慣れてしまっていた様で、この大きなダイニングテーブルに一人ポツンと座っている事がすごく寂しかった。




食事も終え、今日は何しようか考え歩いていたけど、結局あのピアノの部屋で過ごす事にした。
ルキフェルにもオロバスさんにもあたしがあの部屋を気に入っている事を知られているけど、それでもあの部屋に居たかった。


ピアノにソファーにガラスのサイドテーブルが置かれただけの部屋。
シンプルな部屋だけど、大きな窓からは太陽の暖かな日差しが入り、窓を開ければ、気持ちのいい風が通り抜ける。
そんな贅沢なあの空間がたまらなく心地よかった。


いつもみたいにピアノの蓋を開け心の赴くまま、鍵盤の上を指が踊れば、沢山の音が旋律となってこの空間に広がる。そしてキラキラとした音の星屑が開けられた窓から、風に乗って遠い場所へと飛んでいくかの様だった。
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