追憶のエデン
「それが、今夜?」


「そうだよ。今夜はその特別な夜。そしてこの月の花が降る幻想的な光景はここでしか見る事が出来ない。それも本来この光景は、この世界の監視者である僕と、僕が許した者にしか見る事が許されないんだ。それがこの世界の意思(ルール)だからね。


…でも気が遠くなる程の永い年月を、毎年、これを独りで見届ける度にずっと同じ事を願ってた。
そう、ずっと君に見せてあげたい。一人でじゃなくて一緒に見たいってずっと思ってたんだ。
でも――漸くその願いが叶った。」


幻想的な光景の中ふわりと笑ったルキフェルの笑顔は幸せそうで満足気な笑顔なのに、何処かとても純粋で神聖な笑顔の様な気がした。
ただその笑顔の裏で、毎年ここで一人で一途に願い続けた想いはどれだけの痛みをルキフェルに与え続けていたのだろうと考えると、チクンと鋭い痛みを持ってあたしに伝えてきた。


「ルキフェル……魔界って本当はルキフェルの様にとても純粋で言葉に表せないくらい綺麗な世界だったんだね。
素敵な夜を見せてくれてありがとう。」


ルキフェルの綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめ、ふわりと微笑みながらそう言葉を紡げば、ルキフェルは一瞬目を見開き、僅かに頬が紅色したのが分かった。そしてルキフェルはキラキラとした無邪気な笑みを徐々に深くしていき、そっと腕の中へとあたしを抱き寄せると、首元に頬を摺り寄せてきた。


首にかかるサラサラとしたルキフェルの髪がくすぐったい。また、普段よりも高くなる体温と存在感を主張し始めた鼓動に眩暈を感じれば、あたしの心境とは正反対のとても穏やかで、落ち着いた声が耳を通して頭に甘く響く。



「未羽。これから先、ずっと、毎年、ここで、僕と、一緒に、月の花を見よう?


もちろん、拒否権なんてないし、許さないから。」



そしてルキフェルはクスリと笑うと、声すらも奪ってしまう様な口付けが月の花の代わりに振ってきた。



それからあたし達は月の花の最期の一輪が湖に吸い込まれるまでずっと寄り添い、時々触れるだけのキスをしながら、幻想的な夜を眺め続けた。


そしてあたしは月に願っていた。


願わくは、あたしのこの命の灯が消え輪廻の輪に返るその日まで、こうして毎年一緒にこの夜を、誰の他でもない“あたし”と見ていられますように、と――。

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