孤独女と王子様
『はい。この春から今のホテルで働いているのですが、どうしてもお客様に満足していただける対応っていう極意を誰からも学び取れなくて。こうしていい本がないかを探しに来ているのです』

男性は私から目線を逸らさずに話す。

その眼の力の強さに、私は圧倒されそうになった。
それでも、書店員として仕事しなくちゃ。

「あの、この本はいかがでしょうか?」

私が男性に薦めたのは、決して著名な人の本ではないけれど、顧客満足度をなるべく自分の力で考えて行動を起こさせる、そんな自己啓発の本。

『この本は、見ていませんでした』
「私はこの本、気に入ってますよ」
『貴方がそうおっしゃるのなら、間違いないと思います。これ、買います』

男性は即決した。

「いいんですか?中身を確認されなくても」
『大丈夫です。きちんとこの本を読んで、またどうなったかを貴方に報告してもいいですか?』
「ぜひ、またのご来店をお待ちしております」

私がそう言うと、男性は本を持ってレジへと向かい、私はその背中を見送った。

この時、この男性はただの、それっきりのお客様だと思っていた。

でも、既にこの時から、運命の歯車は動き始めていた・・・
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