シーサイド・ティアーズ~潮風は初恋を乗せて~
 それから、チョコバナナやりんご飴など色々と買ってもらった私。
 金魚すくいや射的も楽しんだ。
 いつしか、辺りは夕暮れ色に染まっている。
 セミの声は、ミーンミンというものから、ヒグラシのものへと変わったようだ。
 どことなく切ないように感じる声が響き渡る。
 対照的に、夏祭りは賑わいを増していた。
 この島って、こんなに人口が多いとも思えないのに。
 その点を翔吾君に尋ねた。
「ああ、大抵は観光客だよ。この島も、だんだんと有名になってきてるからな。俺の親父が住んでた頃は、この夏祭りだって、もっと閑散としてたらしい」
「そっかぁ、昔からあるんだね、このお祭り」
 ………。
 え?
 翔吾君のお父さん……この島のご出身なの?!
「うんうん。親父も、しょっちゅうこの祭りに来たらしい」
「翔吾君のお父さん、この島ご出身なんだね。どんな人なのかな」
 この質問を投げかけた瞬間、明らかに翔吾君の顔がこわばった。
 でもそれは、ほんの一瞬。
 すぐにいつもの調子に戻った翔吾君が、笑みすら浮かべながら答えてくれた。
 ……お父さんと仲が良くないのかな……。
「昔、酒好きだったのが玉に瑕だけど、いい親父だと思うよ。今はその酒もやめてるしな。年末年始に会うけど、元気にやってるみたいだよ」
「お父さんと仲良し?」
 気になったことを聞いてみる。
「まぁ、仲が悪くはないな。今度、紹介するよ。雫、俺との結婚を考えてくれてんだし、気になるよな」
 また、さらっとそんなことを言う翔吾君。
 私は声を振り絞って、「うん、よろしくね」と言うのがやっとだった。
 でも、さらに頑張って聞いてみる。
「えっと、じゃあ……。翔吾君もこの島の出身だったりするの?」
 今度ははっきり分かった。
 翔吾君の顔がひきつるのが。
 聞いちゃマズイことだったのかな。
 どうしてだろう……。
「俺は物心つくかつかないかって頃に、この島を離れたから、あんまし覚えてないや。俺の記憶に残っているのは、関東へ移り住んだ以降のことだ」
「え?」
 翔吾君……。
 まさか、ショウ君ってこと、ないよね……?
「ん? どうした?」
 心配そうに私の顔を覗き込む翔吾君。
 どうしよう……。
 聞いてみよっかな。
 でも、もし違ったら……。
 きっと、ショウ君のことを突っ込まれちゃう。
 そして、翔吾君にとっては、あまり気分の良いことではないと思う。
 不愉快な気持ちにさせてしまうかも。
 でも……でも……。
 知りたい……。
「えっとね。昔の友達で……翔吾君みたいに、島を離れていった子がいるの。ちょっとその子のことを思い出しただけ」
 私はそれだけ言っておくことにした。
 そして、こっそり、翔吾君の様子を伺ってみる。
「そっか。そいつと、もう連絡が取れないのか?」
「うん……。ほんとに小さい頃だったから、それっきりなの。元気でやってるかなって……」
「大丈夫。きっと元気にやってるはず。そんな顔するな、元気出せって。さぁ、出店の続き、回るぞ」
 明るく言って、髪を撫でてくれる翔吾君。
 翔吾君がショウ君なのかどうかは分からずじまいだったけど、もしそうだとしたら、翔吾君は昔の私のことをすっかり忘れてしまっているようだ。
 もしそうなら、すごく寂しいけど……でも、その反面、ショウ君とまた逢えたという幸せが、私の心の中にあった。
 うん、忘れ去られているとしても……もし、翔吾君がショウ君なら、こんなに嬉しいことはない。
 二人の想い出は、また一から作っていけばいいから。
 翔吾君と私の、新しい想い出を。
 だから、いつかもっと関係が深まってから……勇気を出して聞いてみることにする。
 私は心に決めた。
 そういうことを聞いてみても、気を悪くされないほどに関係が深まってから、聞くことに……。
 そして、私たちは再び、色々な出店を回っていった。
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