vivre【1】
出会いと旅立ち
1


穏やかな日々など無縁だった。
傭兵、冒険者、何でも屋。

呼び方は違えど、例えば街角にありふれた暖かな団欒や、当たり前に与えられる教育、ふと忘れ去りそうになる「幸福」とは、真逆の生活。
血と錆と欺瞞と死。泥を啜ってでも、ただ生きる為だけに足を踏み出す。

どんなに欲しいと願ったところで、それは空のように限りなく遠く。
ただ無情な現実がのし掛かるだけ。


茜色の空が石畳を照らす頃、スイング式のドアを開いて室内に入ってきた青年を、脂汗を額に滲ませ丸々と肥えた腹をした男は一瞥した。
特に珍しいことでもない。度重なる戦争や紛争で、この青年のような身寄りのない者が辿るのは大方二つの道だ。

奪うものか、奪われるもの。

青年は前者で、後者は弱く無力故に屠られるか、運が良ければ孤児院に引き取られる。
よしんば孤児院に引き取られても、それが「幸せ」であるかはまた別の話であるが。

「終わったのかい」

脂臭い汗を拭いながら、男は青年に声をかけた。
少年は頷くと、王立騎士団の印章が捺印された書類を目の前にぶら下げた。

「上出来だ。これはお前の取り分だ」

男から差し出された金貨の袋を確認する。
中身は確かに間違いないとわかると、青年は書類を男に渡した。

「ごくろうさん。次の依頼もいくつかあるが、どうする?」

「いや、今はいい。また明日来るよ」

「そうかい。まぁ次も期待してるよ」

男はそれきり、カウンターの奥で書類を整理し始めた。
青年は肩を竦めると、さっさと男の店を後にした。

スラムの入り口付近にあるこの店は、所謂冒険者ギルドの役目を果たしていた。
冒険者ギルドというのは、迷い猫探しから伝説級の魔物討伐まで幅広く扱うが、身分が割りと確かな者や、冒険者それぞれのランク毎に受けられる依頼が限られるなど、細かな誓約が多い。
ものにもよるが、高難易度と思われるものほど報酬も上がり、何人かでパーティを組まなくてはならない場合もある。

青年のような「世間のはみ出しもの」は、大抵低難易度の依頼か、そもそも依頼自体受けられない事もある。
そんな人間達のためというわけではないが、これまた表に出せないような依頼が集まるのが、先程の男が営業するもぐりのギルドだ。

合法的な冒険者ギルドとは違い、報酬も桁違いなかわりに危険度も最高峰ということも多い。
それでも青年のように、それで食いつなぐ人間はかなりの数がいる。

中には国家の秘匿に関わるような依頼もあるというのだから、世の中何があるかわからない。

青年はスラムの入り口から表通りに足を向けていた。
スラムから一本通りを出てしまえば、それまでの陰鬱で寂しげな雰囲気は成りを潜め、かわりに賑やかな喧騒が辺りを包む。
夕飯時の街中はどこも暖かな光が漏れ、青年はそれをどこか遠くに見つめながら暮れゆく石畳を歩んでいた。

湿り気を帯びた風が、青年の漆黒の髪をさらう。
瞳はエメラルドのように澄んでいたが、その表情もまたスラムとかわらず陰鬱で、この世の美しいものなど何一つ映してはいないのだ。
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