リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【後編】
「俺は舐めたことはないんで判らんが、タバコで喉をガラガラさせた牧野が、魔女の毒薬とか言いながら、よく舐めてるよ」
「ま、魔女の毒薬って……。もう、ホントに、口が悪いんだから」

あの口もいずれ必ず成敗してやると、怒りの拳を握りしめて明子は誓ったが、笑いながらの君島の言葉がその決意を鈍らせた。

「ははは。牧野と千賀子に関して言えば、お互いに対する口の悪さは、どっちもどっちだな。毒舌丸出しだ」
「えぇっ?!」

君島から告げられたその言葉をまさかと思いつつも、小林から聞かされた「女版牧野」がふわりと耳に蘇り、あのきれいな人が本当にそんな人柄なのだろうかと、明子は頭を悩ませた。

「まあ、体調がよくないなら、ムリしないで休んだほうがいいぞ? 体を壊してまで働いたって、誰も褒めちゃくれないからな」

悩む明子をよそに、君島は明子の身を案じる言葉を続けていく。その言葉に、明子は少しばかり申し訳なさそうな顔をして頷いた。

「はい。確かに、ちょっとお疲れモードなので、本格的な風邪にならないように、用心します」

体を小さくして頭を下げつつそう言う明子を、君島は探るような目で眺め、ややあってから、一つ、ふうっと息と吐いた。

「牧野がまた、無茶を言ったみたいだな。アレはもう、適当にしておいていいからな。すまんな。こっちの面倒まで押しつけちまって。それでなくても、ヒメさんだけだって大変だろう、今は」
「あー……、はい、適当にします。もう」

君島の言わんとしていることを理解した明子は、あははと乾いた笑いをこぼすしかなかった。


(ホントよね)
(よくよく考えればさ)
(ここ最近、ここに巣食っているモンスター全員)
(あたしが相手にしているよね?)


そりゃ、疲れもたまるはずだわと、明子にしてみればもはや笑うしかないこの現状に、ひょっとしたら、体力低下ですでに本格的な風邪を引いているのかもなどと考え、なんでこんなことになってしまったのかしらねえと、肩を落として息を吐いた。


(これが、惚れた弱みってやつ?)
(それにしても、代償大きすぎだわ)


自分を問答無用で、この渦中に放り込んだ張本人の涼しげな顔を脳裏に思い浮かべて、思いつく限りの悪言雑言で罵り倒そうとしたが、まあ、今さらどうこう言っても仕方がないわねと思い至り、それを諦めた。

「それは、簿記の勉強か?」

目の前で百面相をしている明子を面白そうに眺めていた君島は、明子が今までなにをしていたのかを確かめるようにその手元を覗き込み、明子にそう問いかけた。
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