リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【後編】
「あー。そうです。今度の試験、受けてみようかなって」
「小杉なら、勉強するまでもないだろう」
「いやあ……、試験って、ちょっと実務とはかけ離れた問題がでたりもするじゃないですか」

だから、少し勉強しないとダメかなあって。
そう続いた明子の言葉に、君島もまあなと同意するように小さく頷いた。

「どうせ、いつも早く会社には来ているから、この時間に少しずつ勉強しておこうかなと思いまして」

なにをしても喉の痛みは治まらず、しかも、もう朝方に近いそんな時間から入浴して、あれやこれやと片づけていたら、眠るにはあまりにも中途半端な時間となっていた。
さて、どうしたものかと考えて、こうなったらさっさと会社に向かって、計画していた簿記の勉強でもしていようと明子は思い立ち、いつもより一時間ほど早く家を出てきた。
明子の出社時刻は、普段から早い。
それを、さらに時間を繰り上げてきたのだから、明子の姿を見つけた君島が早いと驚いてしまったのも無理なかった。

えへへと言う笑いとともに、軽い口調で続けられた明子の言葉に、「それにしても、早すぎたろう」と君島は呆れ笑った。

「君島さんだって、ずいぶんと早いじゃないですか」
「俺は千賀子が出かけるから、必然的に追い出されたんだ」
「はあ」

判るような判らないような君島のその言い分に、明子は曖昧に頷くしかなかった。

「松山係長のとこ、すごいことになっているんだって? まいってないか?」

さすが牧野だな。いろいろ引いてくるもんだ。
松山を案じながらも、その後に続いた言葉の響きは、どこか事態を面白がっているようだった。

「俺は初めて聞いた会社なんだが、そんなに性質が悪いのか?」
「私が営業にいたころ、耳に挟んだ話では。その前から、いろいろあったみたいですよ、あそことは。聞いたこと、ありませんか?」
「ないな」

君島のその即答に、明子は思案顔で首をかしげた。

「会議で挙がったこと、あるんじゃないですか?」
「少なくとも、俺の記憶にはない。笹原さんも知らんと言っていた」
「まあ、牧野さんも初めて聞いたみたいなことを言ってましたけど、でも、島野さんは知っているみたいでしたよ?」

牧野と3人で昼食をとったあの日、島野は確かに「昔から評判がよくない」と言って、顔を顰めていた。


(島野さんが知っているのに)
(牧野さんや君島さんの耳には入っていないって)
(どういうこと?)

 
訝しがる明子とは反対に、明子の言葉を聞いて君島は合点がいったというような顔つきになり、思い当たる理由を明子に告げた。
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