『好き』と鳴くから首輪をちょうだい
「白路、お弁当食べないの?」

「うん、食欲ない。真帆、全部食べていいよ」

「いいの? 全部? やった!」


夜桜の散り乱れる中眞人さんにフラれた夜が明け、昼である。
ぼんやりしていた私の前から、ふたを開けただけだったわっぱ弁当が消えた。
嬉しそうな顔をした真帆が、早速お弁当に箸をのばす。


「あのイケメン大家のお弁当、最高に美味しいもんね。あー、この出し巻き卵大好き」


コンビニ弁当を完食していたというのに、真帆はどんどん食べ進める。
あっという間に、おかずの大半が消えた。


「で、どうしたのよ、白路。なんか、今日のあんたおかしいよ?」

「真帆、安くてすぐ引っ越せそうなアパート知らない?」

「は? あんた、イケメン大家と別れるの?」


真帆が箸を止め、大きな声をあげる。


「もったいない! 早いとこ復縁しな。間に合うかもしれないよ」

「復縁も何も、付き合ってないって何回も言ったじゃん。あれは、松子を撃退するための演技だって」

「それは聞いたよ? でも、それにしてはあの時は本気を感じたんだよね。それにさ、ただの大家がそこまでしてくれる? 好意がなきゃしないでしょ」

「好意……好意ねえ。まあ、あったけどなかったのよ」


ペット的なものに向ける好意はあれど、生身の女に対してのそれじゃないのよね。
はは、と力なく笑う私の顔を、真帆が心配そうに覗きこんでくる。


「……なんか、深刻ね。本当に、出てくの?」

「うん。もう、あそこにはいられない」

「ふう、ん」


もぐもぐとお弁当を食べながら、真帆が考え込む。


「まあ、事情はよく分かんないけど。私、今住んでるアパートを近々引き払って、修平と一緒に暮らすのね。で、私の部屋に白路が入れないか、管理人さんに訊いてみようか?」


真帆の住んでいるアパートは職場からほど近い場所であるし、家賃も安い。私が探している条件を十分満たしていた。


「ほんと? 訊いてもらっていい?」

「いいわよ。管理人さんも、空室を作るよりはすぐに入居者が見つかった方がいいんじゃないかな」

「ありがと」


この調子なら、部屋もすぐに決まるかもしれない。

眞人さんと離れる準備を、始めなくちゃ。
荷物を纏めたり、新生活の支度を整えたり。
そんなことをしていたら、きっと気持ちの整理もつく。
そしたら、眞人さんに笑顔でお別れが言える、と思うから……。


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