『好き』と鳴くから首輪をちょうだい
仕事を終えたあとは、いつものように『四宮』で皿洗いに励んだ。

すっかり使い慣れた食洗機の横で食器を片づけながら、厨房内を見渡す。
 
……こうやって三人で仕事をするのも、あと少しなのか。寂しい、なあ。


「おい、白路。ぼんやりしてたら皿が溜まってく一方だぞ。さっさとやれ」


空のお皿を引いてきた梅之介に言われて、はっとする。慌てて笑顔を作った。


「ごめん、すぐする!」

「ほんと、トロくさいな」

「むか」

「あとちょっとだから、頑張れ」


眞人さんが、頭をポンと撫でる。その温もりを感じながら、私は「はい」と笑って答えた。


「ふうん。上手くいったんだ?」


スポンジを持って汚れた食器の山に取り掛かっていると、傍に来た梅之介が小さな声で訊いた。


「え?」

「え? じゃないよ。そういうことだろう?」


眉根を寄せて、眞人さんを指差す梅之介。


「おめでとうって言ってやろうとしてるんだけど?」


もしかして、梅之介はどういうわけだか私と眞人さんが上手くいったと、思ってる?
まさか。そんなこと、あるわけがないのに。
ぽかんとしていると、梅之介が眉根をきゅっと寄せた。


「どういうことだ?」

「それ、こっちの台詞」


梅之介が口を開きかけた時、「すいませーん」と店の方で声がした。


「梅之介くーん、ビールの追加、お願い」


女性の声に舌打ちをした梅之介だったが、すぐに「はあい!」と明るい声を出す。


「後で話すぞ」


短く言い残し、梅之介は笑顔を作って外に出て行った。

閉店後の三人の賄の食事は、いつもより格段に静かだった。
筍ごはんに、菜の花とじゃこの入った出し巻き卵と鰆の塩焼き。
若芽と筍のお吸い物に菜の花の辛し和えもあって、やっぱり美味しい。

黙々とお箸を動かしていると、眞人さんが「梅之介に話がある」と言った。


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