『好き』と鳴くから首輪をちょうだい
「何、眞人」

「俺、この店を一旦閉めて、榊さんのところに行くことにしたんだ」

「は」


お茶碗を置いた梅之介が私と眞人さんを交互に見る。


「ど、どういうことだよ」

「シロから聞いたけど、お前もここを出て行くつもりなんだろう? シロも、ここを出て行くことになった。だから、ちょうどいいと思うんだ」

「はあ⁉」


梅之介が立ち上がり、私を見下ろす。


「誰もいない家に私ひとりいても仕方ないでしょ? だから、引っ越すの。アパートも、すぐに決まりそうなんだ」

「なんだよ、それ!」


怒りで目の周りを真っ赤にした梅之介が、眞人さんを見る。
眞人さんは、梅之介の視線を真っ直ぐに受けた。


「何考えてるんだよ、眞人。こいつ、お前のこと好きなんだぞ? 分かってるだろ? それを捨てるのかよ」

「や、やめて、梅之介」

「シロはシロだ。恋愛感情は持てないと言った」


眞人さんが言うと、「はあ⁉」と梅之介が声を荒げる。


「何、逃げてるんだよ。馬鹿じゃないの? いいトシして、臆病になってんじゃねえよ!」


梅之介が、テーブルに力任せに手をつく。ばん、と大きな音がして、揺れる。汁椀が倒れて中身が零れた。


「あのクソ女と白路は違うだろ。こいつがお前を傷つける訳がないだろ!」

「やめて、梅之介!」


必死に、眞人さんに食ってかかる梅之介を止めた。


「私、納得してるから。これでいいの。だから止めて!」

「離せよ、白路!」

「好きになるのも自由だけど、好きにならないのも自由でしょ⁉ 私は好かれなかった、それだけだから!」


今にも眞人さんに殴りかかりそうな梅之介の腕にしがみ付き、言う。


「馬鹿! 眞人はそんなんじゃない。こいつは……っ!」


梅之介が、ふっと力を抜いた。口を噤み、逆に私の手を掴む。


「来いよ、白路。もういい」


無理やり私を立ちあがらせて、梅之介は引いた。
そのまま、店の外へと連れ出される。
出て行く瞬間、眞人さんを見た。
俯いた眞人さんの表情は、分からなかった。

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