婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
「とりあえず」と言うと、たま子師範はスッと目を細める。

「その雑なお扇子の扱いと不細工なお辞儀からどうにかしましょう」

獲物を狙う雌ライオンのごとく、たま子師範はキラリと目を光らせた。

「先ずは正しいお辞儀からだよ」

私はとたま子師範は向き合ったまま背筋を伸ばして座布団の上に正座する。

「扇子は25cm先に置く。人差し指と親指を床に置いてゆっくり頭を下げる。その時腰は真っ直ぐだよ」

たま子師範は説明しながら実演してくれた。流石お辞儀一つでも、優雅で堂にいっている。

「やってご覧」

たま子師範をお手本にして、お扇子を25cm前に置き、ゆっくりを下げる。

…その瞬間、「真っ直ぐ!」と言って腰をお扇子でビシっと叩かれる。

「背中が丸まってる!地主に借金しに来た小作人じゃないいだよ!」

借金のカタで嫁ぐ私にとっては、シャレにならない例えだ。

そもそも、お扇子でブツなんて雑な扱いこの上ないじゃないか。

など、突っ込みどころ満載だけど恐ろしくて言い返せない。

この後、お扇子の基本的な扱い方と、基本の所作である摺り足を習ったが、たま子師範のお扇子が容赦なく私に襲い掛かったのは言うまでもない。


日舞のお稽古が終わり、私服に着替えると私は大きなため息をついた。

毒気の強い二人に当てられて何だか酷く疲れてしまった。

よろよろと離れに帰ろうとすると「遥様」と穏やかな声で呼び止められる。

「次はピアノのお稽古です」轟さんがにっこり微笑み掛ける。

「ま、まだレッスンがあったんですね」

「本日最後のレッスンです。先生がリビングでお待ちですよ」

「…はい」私は力なく返事をすると重い足を引きずってリビングへ向かう。

ピアノの先生もアクの強いキャラだったらどうしよう。

一抹の不安を抱えながらリビングの扉を開ける。
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