アオとミドリ
 七中のバド部が和樹の学校にやってきた日曜日。練習試合だ。
 四つあるコートでシングルス、ダブルスそれぞれの試合が同時に進行する。
 和樹はシングルスで出場。
 相手コートには、パンチパーマに眉毛のない男が立った。
 「なんだ、坂本君じゃないか」
 「テメエ、バド部だったかこのやろう」
 「やんのかこのやろう」
 相手のスタミナ切れで、勝ちをもぎとった。
 
 女子シングルスの試合。
 ポニーテールの塚田碧が立った。
 「誰だよ」
 という声が両方の中学から漏れた。
 同じクラスの女子が、敵意をむき出しに碧を睨んだ。
 試合が始まった。
 シャトルをレシーブする碧。
 長いラリー。
 しなやかな脚がコートラインいっぱいに届く。
 ラケットの先がどの位置に落ちてくるシャトルでも拾う。
 アウト気味も見逃さない。
 相手を最後尾まで下がらせ、ネット際に落とすドロップ。
 決まった。
 周囲の空気が一瞬で変わった。
 次のラリー。
 スマッシュをかける相手。
 が、決まらない。
 何度もスマッシュをかけられる。
 体勢を立て直すハイクリア。
 バック側にシャトルが飛んできた。
 スマッシュで返す。これも決まった。
 碧が最後尾まで下げられると、その場所からジャンピングスマッシュ。
 「練習試合だってのに……」と言いつつ、嬉しそうな橋本。
 途中までは碧が優位だったが、急に汗の量が増えたように見えた。呼吸も荒い。
 見る見る相手に追いつかれる。
 ……1セットを落とす。

 無表情で、碧はチームの待つベンチに戻ってくる。
 グリップに血がうっすらとついていた。
 橋本が碧の異変に気づき
 「おい、手、開けろ!」
 手のひらのマメの皮が向けて、赤い真皮がむき出しになっていた。
 慌てて救急箱から応急処置用のガーゼやテープなどを取り出す。
 碧は、橋本のなすがままに任せていた。
 「痛く、ないのか?」
 橋本が訳の分からないことを言い出す。痛くないわけがない。
 が、
 「平気です」
 と、あくまでも無表情で碧は応える。
 初めはチームメイトも無関心を装っていたが、少しずつ碧と橋本の手に注目しだし自然に輪が出来た。
 こういう時の処置はテーピンクをすると、それが余計な障害になることがある。
 ただ、時間いっぱい冷やすしか手はない。
 時間だ。
 コートに向かう碧の背中から小さな声が聞こえた。
 「……がんばって」
 それが少しずつ大きな声援になっていく。チームメイトが碧を後押しし始めた。
 和樹はただ、その一部始終を見守っていた。和樹も次の試合にこれから向かうのだ。
 「がんばって、碧」女子チームの声援が大きくなっていった。
 碧と和樹、同時にコートに向かう。

 和樹のコートは碧の隣だ。
 コートに入る碧に和樹が声をかける。
 「もっと、力抜けよ」
 「むりっ!」即答!
 「お前らしいな」
 和樹が微笑むと、碧がうつむき……。
 初めて、見た。こいつの笑ってるとこ。

 このあと、試合がどうなろうと、こいつはもう大丈夫だ。和樹はそう確信した。
 和樹が、慎重にサービスの構え……。
 碧が、相手コートを睨みレシーブの構え。
 和樹のシャトルがパッと指から放たれる……。
 二人の呼吸が一つになり、会場を包み込む……。
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