心動
聞こえる声、聞こえない声
『疲れた』
『ほんとうざいわ』
『はぁ、消えてくれ』
『なんでいんだよ』
『お前なんて大嫌いだよ』

ドサッ

「菫(スミレ)?!大丈夫??」
人混みの中で一人、耳を塞ぎしゃがむ少女とそれを心配する一人の少女がいる。
それ以外の人達は瞳を少女たちに向けるが何事も無かったかのように、元の位置に戻す。
まるで、水が流れるかのように人が通り過ぎていく。
「また、聞こえるの?声」
綺麗な黒い髪の少女は、菫と呼ばれたしゃがんでいる少女に言う。
こくり。
菫はひとつ、首を縦に振る。
そんな菫は色素の薄い、長い茶髪でセーラー服を着ている。
「立てる?」
そうして、少女は菫に手を伸ばすと、引き寄せられるように菫はその手に自分の手を重ねた。
「やっぱり、人混みが多いと聞こえやすくなるね、声が。」
気にかけて喋る少女と未だに片耳を塞ぐ菫。
「梅ちゃんごめんね」
細い声で心配してくれる少女に言う。
梅と呼ばれた少女は、菫にふっと笑うと困った顔で「それは、こっちのセリフだよ」と返す。


__菫は、気がつけば普通の人が聞こえない声が聞こえるようになっていた。
『菫は可愛いなぁ』
「可愛くないよ全然!!」
「へ?!声に出してた?」
他人が心の内で思う言葉が聞こえるという不思議な能力を持っているのである。
最初は気のせいだと思った菫だが、成長する度に心の声が多く、強く聞こえるようになっていた。
ついに父と母に相談し、病院まで行ったが、なんの解決にもならなかった。
幼なじみの梅は、菫の能力が本当であるのを信じ、菫を守るように常に一緒に行動してきた。
耳を塞げば、強い思いでなければ心の声も聞こえないが、やはり人が多いところほど強い心の声が飛び交っているようだ。__


菫と梅は、人混みの少ない道へとそれて、公園に行くことにした。
「菫、大丈夫?」
梅は、心配したような顔で菫を見る。
それと同時に心の声も入ってくる。
『どうしよう、私のせいだ・・・』
「梅ちゃんのせいじゃないよ?! 」
菫は慌てて返答する。
「へ?!聞こえちゃった?」
菫は申し訳なさそうに首を縦に振る。
「すごいなぁ、菫は!なんでもわかっちゃうんだからー!」
梅は笑って、菫の手を握る。
「ありがとう、菫。一緒に来てくれて」
そう言うと、菫は手を握り返してにこりと笑った。

公園に着くと、一人の少年が犬の散歩をしていた。
「先客がいるね、大丈夫?」
梅がいうと、菫は首を縦に振る。
そして、二人はブランコに座る。
少し、暗くなった世界が広がる、冬は夜になるのが早い。
ふと、菫が周りを見ると、まだ少年は公園にいた。
黒いジャージ姿で、公園のベンチに座っている。髪は綺麗な黒髪で短髪である。連れている犬をワシワシと撫でて休憩している。
梅は、その姿を見ている菫に
「何か言ってる?」
と聞くと、菫が顔を傾けた。
「?」
梅も一緒に傾ける。
人は常に心の声を呟いているわけではないが、一人でいる時は、一層多く呟いてるようだ。だが、その少年の心の声はまだ聞こえてきていない。
「さぁ、帰るか。」
__ドキッ
公園に響く男の声、菫は再び少年の方に目をやると、ベンチから立って公園から出ていく。
「独り言・・・」
梅はそう言うと、菫は
「声に出してた? 」と聞く。
梅は首を縦に振る。
菫は最近、心の声なのか本当に喋ってるのかわからない時がある。口元を見ればそれがどちらであるのかはわかるのだが、
見ていないときは判断ができないほど、自然に聞こえてくるらしいのだ。

偶然だろうと、その少年の背中を見て思う菫だった。
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