素顔のマリィ

「じ、常務!!」

わたしとしたことが、なんたる失態。

こともあろうに常務とモニョモニョしちゃったのかしら?!


「おはよう、坂井くん」


特上の笑みを称えてわたしに朝の挨拶をしてくれたのは、紛れもなく我が社の常務だ。

上着こそ着ていないけど、彼は既に白のカッターシャツをキチンと着て、身支度を整えていた。


「す、すいません!!!」


思わず身を起こしたけど、そのお陰で頭がガンガン鳴っている。

取りあえず謝ってはみたものの、わたしだって何が悪いのかわからなかった。

「いや、謝るのは僕の方だ。君の話が面白くて、つい飲ませ過ぎてしまった」

すまん、と小さく常務が頭をさげた。

「あの……、ここは?」

「あぁ、ここは僕のマンションだよ。君が寝てしまったので仕方なく連れて来た。

山下さんからは帰りは家まで送るよう言われていたんだが……、参ったな、どう説明するかな……」

頭を掻きながら動揺する様は、なんだか少し可愛らしい。

「あぁ、わたしのことはお気になさらず。

山下さんには、ちゃんと常務に送って頂いて家に帰ったことにします。

大丈夫です、わたし口は堅いです、ホントです」

こんなことが山下さんに知れたら、わたしの信用だって失いかねない。

折角今まで築いてきた信頼を、みすみす台無しにする必要はないでしょ。

「そうか、それじゃそう頼むよ」

ありがとう、と胸を撫で下ろす彼はなんだか少年のようだ。

「怖いからな、あの爺さん。昔っから、常識外れたことには烈火のごとく怒るんだ」

「爺さん?」

「聞いただろ、彼の孫と僕は子供の頃、親友だった。

よく山下の爺さんとも遊んで貰った」

「大輔さんって、事故で亡くなったと」

「あぁ、聞いたのか。家族旅行中の交通事故だったんだがね。

居眠り運転をしていたトラックが、対向車線を越えて突っ込んできたんだ。

運転していた叔父さんも、隣りに乗ってた叔母さんも、大輔も桜も、みんな死んじまった」


まさか、そんな悲劇だったとは……


「彼は一人ぼっちになってしまったのさ。僕と同じにね」

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