素顔のマリィ

それから程なくして、山下さんは座っていられないほどの強い痛みを腰に訴えるようになった。

常務は山下さんに緩和療法を勧め、山下さんは経口モルヒネの投与を始めるためホスピスに入院した。

痛みは収まったものの、次第に食欲がなるなり、山下さんの姿はみるみるやせ衰えていった。

医師の診断通りの三ヶ月後、痛みを抑えるモルヒネの量が増え、山下さんの意識は朦朧することが多くなった。


「みんな疲れたろう、ワシのことはいいから少し休みなさい」


今わの際、掠れた声で、それでもはっきりとそう言うと、山下さんは静かに息を引き取った。


「うっ……、山下さん、頑張りましたね。

これからは天国で、みなさんと楽しく過ごしてくださいね」


看護師をしている母から聞いてはいたものの、看取りの場に立ち会うことは人生観が変わるほどの大きな体験だ。

人の命が全うされる様を目の前で見て、命の尊さを体現することができたように思う。

人の命は息を吸って吐いて、心臓が脈打って、身体に血が通って初めて続いていくものなのだ。

彼の家族は事故で一瞬のうちに命を奪われてしまったけれど、だからといって命を儚いものだと決め付けることはできない。


「人間の死って、あっけないものだと思っていたけど、違ったんだな」


苦しみの中にあっても、最後まで周りへの気遣いを忘れなかった山下さんの生き様をみて、常務も感じるところがあったようだ。

山下さんは身をもって、彼に生きる意味を教えてくれたのかもしれない。

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