素顔のマリィ

入社後三ヶ月の新人研修は、当然の如く山地とわたしの二人きり。

会社概要や自社出版物についての講義。

仮払いや交通費、経費の取り扱いについての諸注意。

代休や有給消化、残業代についての申告の仕方、などなど。

入れ替わり立ち代りで、企画・営業、総務・人事の担当者が資料をもって現れる。

二人並んでの特別授業、って感じでなんだか笑えた。


「坂井は配属どこ希望なわけ?」


昼食もなんとなく二人で取るようになって、食後のコーヒーを飲みながら山地が突然聞いてきた。

「美術関係に携われたらいいな、って思ってる」

「あぁ、『美術手帳』とか? 随分地味だな」

その話しぶりから、こいつは『美術手帳』廃刊予定のことは知らないんだな、と思った。

営業の説明の中にも『美術手帳』はしっかり入っていたし。

つまり、わたしの担当面接官は超極秘事項をわたしに漏らしてしまった、ということなのだろうか?


「そういう山地はどうなの?」


「俺はアニメに関係するものならなんでも」

「アニメ?」

「そう。日本のアニメは世界に誇れる、日本独自に進化した芸術だ。

俺はそれを証明したい!」


一見冗談かと思える暴言を、真面目な顔で語る山地が新鮮だった。

こいつがこの会社に入った理由はこれだな、と直感した。

「わたしはアニメにあんまり関心ないけど。確かに芸術性が高いものも沢山あるよね」


「そうだろ!……」


目を輝かせて語り始めた彼の意外性に、わたしは少しだけ心を奪われそうになったのだった。
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