僕と三課と冷徹な天使

僕なんかで

次の日も、僕は朝から必死に仕事をした。

我ながらバリバリ仕事をしている、と思った。

締め切りがあるうえに、
伝票入力とは違って、顧客のデータを
ピックアップするので頭を使う。

僕は時間を忘れてパソコンに向かっていた。

だから、
コオさんが僕を見ていることにも
気づかなかった。

「灰田君、午前中休憩した?
 息抜きしないと、
 ミスが多くなるから休憩して」

コオさんは冷静に言った。

確かにその通りだった。

先ほど、集中しすぎて
電話の音が聞こえず、
じゅんさんに電話を取らせてしまった。

電話番は新人の僕の仕事だと
言われているのに。

「はい。行ってきます」

と素直に言って、僕は立ち上がった。

休憩フロアでコーヒーを飲みながら、
やっぱり仕事のことを考えてしまう。

ふと思った。

僕がこんな大事そうな仕事をしていいのだろうか。

吉田さんの説明によると、
僕がピックアップした顧客データは
営業部で使うらしい。

もし見落としなどのミスがあったら、
多大な迷惑をかけてしまう。

昨日は、
引き継いだからにはやらないと、
と必死だったが
僕なんかよりも
他の人がやったほうがいいんじゃないかな。

コオさんは忙しいからムリだろうけど、
八木さんやじゅんさんのほうがいいと思う。

二人とも暇そうだし・・・

しかし、コオさんに
この仕事、僕でいいんでしょうか?って聞いたら、

はあ?そう思ったから
やらせてるに決まってんだろ?と
睨まれながら言われそうだ。

相談できる気がしない・・・

すると目の前に立つ人がいた。

「お疲れ様です。
 先日は朝礼の手伝い
 ありがとうございました」

総務一課の松井課長だった。

「こちらこそありがとうございました。
 あまり役に立てなかったですけど・・・」

慌てて立って挨拶をする僕。

あの日の苦い思いがよぎる。

「そんなことないですよ。
 一課は男手が少ないので助かりました」

松井課長は優しく言ってくれた。

社交辞令でもうれしい。

「またよろしくお願いします」

新人の僕に丁寧に頭を下げてくれる松井課長。

やっぱりこの人は何かが違う。

恐れ多くて僕も丁寧に

「こちらこそよろしくお願いします」

と頭を下げる。

クールな松井課長は少し笑って

「・・・いい新入社員が配属されて、
 コオちゃんがうらやましい。
 じゃ、また。」

と言って立ち去った。

・・・いい新入社員かあ。

悪い気はしないけど、
まあお世辞だろうな。

・・・でもあの朝礼準備のあと、
コオさんも褒めてくれたっけ。

『灰田君はすごい人になる』

そうつぶやいたコオさんの横顔を思い出して
僕の胸は熱くなった。

すごい人には多分なれないけど
そう言ってくれたコオさんに応えたい。

・・・うん、コオさんが
僕に任せてくれた仕事をがんばろう。

お世辞でも持ち上げでもなんでもいいや。

僕を信じて託してくれたんだから
精一杯やるだけだ。

僕はコーヒーカップを握りつぶして
三課に向かって歩き始めた。
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