僕と三課と冷徹な天使

聞いてみよう

昼休みに森本と話していて聞かれた。

「新歓、明日だっけ?」

僕ははっとした。

総務一課のヘルプで力仕事をしてから
ずっと筋肉痛と戦っていて
すっかり忘れていた。

「で、コオさんの酒癖わかった?」

それを聞くのもすっかり忘れていた。

だってコオさん、
積極的に僕の腕をつかんで
ツボを押すんだもん・・・

思い出しても赤面する。

「もしかして、聞いてない?」

森本が浸らせてくれない。

「うん。忙しくて忘れてた」

「あのさ、実は気になって、
 反田部長に聞いてみたんだよ。
 コオさんの酒癖について。
 そしたらキス魔みたいなもんだって
 言ってたよ。」

キス魔?

お酒を飲むとキスをしまくるという
都市伝説の人?

腕をつかまれただけで
頭がいっぱいになってしまうのに
キスなんかされたらどうしよう。

死ぬかもしれない・・・。

・・・でも、反田部長の言ったことだよな。

めんどくさい部下の質問にテキトーに
答えたのかもしれない。

簡単に信じられない。

・・・信じたくない。

「今日、ちゃんとコオさんに聞いてみるよ」

「ねえ、キス魔だったらさ、
 俺も今度飲みに行きたい」

森本が軽い男に戻った。

「絶対やだ」

僕は真顔できっぱりと即答した。


ランチタイムを逃すと、
コオさんと二人になれる時間はなく、
終業時刻になってしまった。

みんな帰ったら早速聞こう。

・・・でも何て?

コオさんてキス魔なんですか・・・?

無理。聞けるわけがない・・・

どうしよう。

悩んでいるとコオさんが

「灰田~。
 この伝票入力やってくれない?
 明日までなんだよね」

え、明日?

明日は新歓だっていうのに・・・

明日は絶対残業したくないから
今日中に仕上げないと。

「はい。がんばります」

いつになく激しくキーボードを叩き、
入力する僕。

これが終わったら聞こう。

心に決めた。

集中して入力したので
予想外に早く終わった。

「コオさん、終わりました」

「ありがとう!助かった~
 明日は新歓だもんね。
 帰ってゆっくり休んで」

コオさんが優しく送り出してくれるが
聞かないといけないことがある。

「あの・・・コオさんは
 お酒を飲むとどうなるんですか」

「ん?どういうこと」

「えっと、同期の森本君が
 反田部長にコオさんはキス魔だって
 聞いたらしいんです。
 絶対違うと思うんですけど、
 聞いてくれってうるさくて・・・」

森本のせいにしてしまった。ごめん。

「キス魔?あー・・・近いかもねえ。
 ったく、反田部長め・・・」

鼻で笑いながらコオさんは言った。

「まあ、明日のお楽しみってことで。
 早く帰りなさい」

と言って、仕事に戻ってしまった。

・・・このまま帰ると、多分今夜は眠れない。

だって、明日キスをされるかもしれないんだぞ。

眠れるわけがない。

どうしようか。
デスクに座ったまま考え込む。

するとコオさんが

「もう。灰田は本当にしつこい」

と拗ねた顔で言った。

「すみません。
 気になって眠れないなと思って」

「キス魔ではないよ。
 誰とでもいいからキスしたいなんて思わない」

「・・・ですよね。
 あーよかった。」

安心して眠れそうな気がした。

「じゃ帰って。
 私ももうすぐ帰るから」

「はい。お先に失礼します」

僕は素直に帰った。

キス魔かどうかに気を取られて、
肝心のコオさんの本当の酒癖を聞くのを
すっかり忘れている僕だった。
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