砂糖漬け紳士の食べ方




お昼には少し遅い時間帯であったため、新装開店のつけ麺屋ではすんなりと席に座れた。

新しく出来たばかりの店特有の、活気あるざわめきだ。



「お待たせしましたー、つけ麺大盛りのお客様」

「はーい。私です、…はいどうも」



細いうどん程ある太い麺と、濃い目のスープがアキの眼前に置かれる。


その量を目にした中野が「そんなに食うのかよ」と言いたげにやたらと彼女を見てきたが

「あんたの前で色気出したって仕方ないでしょ」と悪態をついて返した。



「こちら、辛つけ麺の大盛りです」

「あっ、はいはい、俺です」



隣で肩を並べ、二人は無言のまま割り箸を割った。

ラーメン屋に来れば、食事相手との余計な世間話に気を遣う必要がない、というのも隠れた魅力である。


某グルメランキングサイトでの口コミどおり、つけ麺は絶品だった。

太いコシのある麺を、塩辛いスープにつけて啜りあげた途端「よし、また来よう」と彼女は腹に決めた。



隣の中野も、同じように勢いよく麺を啜っている。



二口三口を食べたところで、アキはおもむろに口を開いた。

「画家先生っていうのは、皆ああいう感じなのかな」と。



中野が、麺を大量に箸で掴みあげながら、横目でアキを見る。




「んー…どうだろうな」



ずるる。



「何ていうか…自分の世界を分かってもらえない人には、用はないって感じだったよね」


アキが言う。


「まあな」


スープが辛いのか、中野はコップの水を煽るように口へ流し込んだ。

隣席のアキからも、彼が頼んだつけ麺のスープが赤々としているのが見える。



「でもさあ、それってある意味正しいとは思うんだよね…いやしかし、辛いなこれ」


「だって辛つけ麺じゃん、それ」


「すいませーん、お冷くださーい」


店員が注いだお冷を二口、大きく飲み込み、中野は途切れた持論を続ける。




「さっきの話な。

でも、どんな人間であれ、世界中の人間から好かれるっていうのは無理な話じゃん?」



「うん」


「そういう他人に振り回されたって、自分の人生の主役は自分だぜ?

悪意ある言葉に惑わされないで、自分の人生で自分にしか作れない世界を表現する。

ある意味これも、究極のポジティブじゃないかな」




言って、彼は再び辛つけ麺に挑戦し始めた。

アキも何も反論せず、麺を啜る。



「まあ、でも、あの先生は言い方が悪いわな。ナルシストっぽさが滲み出てる」

「ふふ。確かに」


麺が無くなる、という頃に、中野は出汁で割ったスープを飲みながら唐突に言った。



「しかしお前、本当に真面目だよな。馬鹿がつくぐらい」



「…何、急に」


「どうせあの伊達大先生と小河原先生をだぶらせたんだろう」



緊張のない場面での切り込みに、アキはとっさに口を噤む。


中野の視点はときたま恐ろしいところをえぐっていく。





「見てると、お前って、自分が納得してないことは出来ない性分だよな。

編集長から、伊達大先生に絵を描かせろっていう話にも賛成してないみたいだし」


「…そ、んなことないよ。うん」



そうかな、と彼はまたレンゲでスープを飲み込んだ。

辛い辛いと言いつつも、辛つけ麺がお気に召したようだ。




「伊達大先生のことも、そこまでお前が心身すり減らす必要はないだろ。


所詮仕事なんて、自分がこの社会で生きていくための義務だ。


もっと軽ーく考えて、先生の顔色うかがいながらハイハイ言ってりゃいいんだよ」





言われ、アキの脳裏に、先日の伊達の部屋での出来ごとがフラッシュバックした。



──そこまでお前が心身すり減らす必要はない。




今、中野に『貧血起こして先生の部屋で倒れた挙句、先生にお気づかい頂いてベッドで寝かせてもらった』と言ったら、きっと説教タイムに入るだろう。



アキは無言のまま、言葉を飲み込むようにスープに唇をつける。



スープの塩辛さは、ひどくいびつに舌の上に残った。





つけ麺屋を出てから、二人はまっすぐ編集部に戻った。





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