砂糖漬け紳士の食べ方




アキの視線は再び、めちゃめちゃに破かれた『贋作』に移った。


多くこそ語らないが、きっとこの事が筆を折った一因でもあるのではないか。

…彼女は、そう静かに確信した。



そう気付いてしまった今。

彼の意志を無視してまで記事の材料にすることは酷ではないか?

そこまで彼を追い詰めて、描いてもらった絵に果たして心打たれる人はいるのか?


…注文に応じて絵のタッチを変えられる、そんな圧倒的な画力を持つ伊達だったら

もしかしたらあっさりと、…もし自分が描きたくなくても、見る人の心を掴む絵が描けるかもしれない。




でも、それは違うんじゃないか。




アキの舌の上に、正義感と同情が混ざった感情が乗った。

しかしそれはひどく中途半端なものであることを、この時は彼女自身ですら気付かなかったのだが。




カステラの最後の一口を残し、彼女は口を開く。



「…あの、伊達さん」


「うん?」


「先日、制作中の取材をさせていただきたいとお話した件ですが」



苦い話題の蒸し返しに、伊達は彼女を見もしないまま曖昧に頷く。




「伊達さんの意に反してまで、制作をお願いしたいとは私は思いません。

ですので、先日のお話は忘れて下さい」



今度は、伊達がフォークを弄る手を止める番だった。


ほんの束の間の沈黙が流れたのち、彼はいぶかしげに言う。



「…でも君、山本さんから制作現場を取材するように言われていたんじゃないのか?」


「え、何でそれをご存じなんですか」


見ていれば分かるよ、と彼は薄く目をすがめた。



「それは…確かにそうですが」


「いいのかい、それでも」



考える間もなく、アキは「はい」と勢いよく答えていた。



「私が何とか編集長を説得しますので!」


言う彼女を見る伊達の目は、明らかにいぶかしげだった。



「手立てはあるの?」



痛いところをついてきた伊達に、アキの唇が微かに引きつる。

しかしその2秒後には、彼女の案がリビングへすんなり滑り落ちた。



「何かそれに代わる企画を、私が考えればいいんです」



そうだ、それしかない。我ながら何て具体的な代案だろう!



「企画って?」


「それはこれから考えます!」



力強く、しかしあまりにも頼りない返答に、伊達とアキはしばらく見つめあった。

というより、彼がアキの本心を探るように目を動かしていた。



「…そう。なら、いいけど。

あまり無理はしないようにしなさい」



伊達からかけられた、まるで教師のようなセリフに、アキは苦く笑った。




『伊達圭介の制作現場を取材する』。その代わりの企画を考える。


文字にすればあっけなく1行で終わることなのに、それは間違いなくアキを悩ませる原因になってしまった。




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