この恋、永遠に。
 九条総合病院。この辺りで一番大きい病院だ。
 俺はそこの一階ロビーで外来患者に紛れて長椅子に腰を下ろしている。

 美緒が待っていると言っていたカフェに、彼女はいなかった。代わりに見た交差点に広がるおびただしい血液。俺は急激に吐き気を催した。

 待たせていたタクシーに戻ると、病院へ向かい、受付で、救急で運ばれてきたという若い女性の話を聞いた。
 手術中だと言われた。確認して欲しいと言って見せられたのは、俺の名前が書かれたギフトカードと、壊れたフォトフレーム、そしてバッグ。バッグの中には財布と小さなポーチと壊れたスマホが入っていた。
 俺はそれを今朝も見た。リビングのテーブルの上に置きっぱなしになっていた、美緒のスマホと同じだ。

 ロビーの長椅子に座った俺は、両足の上に肘をつき、両手で頭を抱えていた。病院の中はエアコンが効いていて暖かい。それなのに俺の腕は、俺の脚は、ずっと小刻みに震えたままだ。
 頭痛と吐き気がひどい。
 彼女は今、手術中だ―――。



「柊二」
 どれくらいそうしていたのだろう。俺の名前が呼ばれ、肩にあたたかいものが触れた。
 うつろな視線をゆっくり持ち上げると、悲哀に満ちた眼差しを俺に注ぐ男がいる。

「………孝」
 俺が低く呟くと、孝は黙って俺の隣に腰を下ろした。
 そのまま暫く沈黙が続く。孝は何も言わない。

 気づけば外来受付時間がとっくに過ぎていたようで、残っている患者もまばらになっていた。

「美緒ちゃんのご両親には連絡したよ」
 孝がぽつりと言った。

 俺は両手に載せた頭を僅かに動かしちらりと孝を見ると、また俯いた。
「……ああ」
 ありがとう。そう伝えたいのに言葉にならない。

 吐き気が込み上げる。俺は立ち上がり、トイレに駆け込んだ。
 もう何度目だろう。吐き気はひどくなるばかりなのに、吐くものがない。

 ロビーに戻ると沢口が来ていた。孝と何か話している。二人とも難しい顔だ。
 俺に気づいた沢口が何か言いたげに口を開いたが、思い直したのか、すぐにその唇は引き結ばれてしまった。

 しばらくすると看護師がやってきて、俺たちは別の場所に案内された。手術室に程近い、休憩室になっているところだ。丸いテーブルが五つあり、それぞれテーブルを囲むように椅子が数脚ずつ置いてある。
 誰も言葉を発しない。沈黙が空間を支配するその場所は、時折、看護師が慌しそうに小走りで駆けて行く音が響くだけだ。

< 108 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop