この恋、永遠に。
「渡辺さん、もう全部配り終わったの?」

「いえ…、まだ………」

 一旦、資材部に戻った私は残りの郵便物を目にして、どうしたものかと思案していた。
 大量にあった他の郵便物は全て配り終えた。残るは重役への郵便物のみである。

「ああ、後それだけなんだ。じゃあすぐに終わってしまうね」

 もっとゆっくりやればいいよ、と関根さんは笑う。
 重役フロアへは専用エレベーターでしか上がることが出来ないため、受付に申し出てエレベーターに乗り込むことになる。
 郵便物は重役フロアの受付に渡せばいいと聞いているから、私が直接、重役クラスの人たちに会うことはほぼないだろう。
 それでも全くないとは言い切れない。偶然廊下ですれ違うかもしれないし、エレベーターが一緒になってしまうこともあるかもしれない。

 もし、万が一、本宮さんと出くわしてしまったらどうするか。
 あの夜の相手が、自分の会社の資材部の人間だと知れたら彼はどうするだろう。
 彼に正体がばれてしまうことが、今の私には恐怖だった。
 もう一度だけでも、会って話をしてみたい。普通ならば雲の上の存在の人なのだ。
 ドキドキと逸る胸を押さえながら、やっとの思いで立ち上がった私は、真っ直ぐに受付へと向かった。
 どうか会いませんように、と祈りながら、その反面、姿を一目だけでも見たいと思う自分もいて、その矛盾に私は苦笑する。

 受付でエレベーターを作動させてもらうと、郵便物の入った封筒を抱えて中へ滑り込んだ。
 重役フロアの受付は五十階だ。四十八階から重役フロアとなっているが、五十階より下は会議室専用となっているらしい。
 綺麗な受付嬢に作動させてもらったエレベーターはそのまま真っ直ぐ五十階へと上昇し、ポーンと軽快な音を立ててドアが開いた。

 上品な女性がすぐに立ち上がり、「お疲れ様です」と声を掛けてくれる。
 嫌味や私を蔑むような態度を出さないところは、さすが重役に仕える女性といったところだろうか。
 真っ赤なフカフカの絨毯は少し毛足が長く、この上をヒールで歩くのはある意味スキルが必要だな、などと、私には関係ないことを取り留めなく考えてみたりする。

 私は女性に封筒を渡すと、奥に続く廊下を眺めた。
 幾つかドアがあるが、そのうちのどれかが本宮さんの部屋なのだろう。今にもその部屋から彼が出てくるかもしれない。
 妙な緊張感に包まれて私はそのドアの一つ一つを凝視した。

「渡辺さん?」

 封筒を受け取った女性が声を掛けて来た。
 中々帰ろうとしない私を不審に思って呼び止めたのだろう。名前は社員証に書いてある。

「す、すみません…初めて来たので物珍しくて…」

 慌てて言い訳をすると、彼女はくすりと優しく笑った。咎めるような感じはなく、私はほっと胸を撫で下ろす。
 くるりと踵を返し、再びエレベーターを作動させてもらった。
 黙ったまま、五十二階から四十八階までしかボタンのないエレベーターの中で、私はぼんやり考える。

 本宮さんに会いたい。
 私はポケットからスマホを取り出すと、再び彼の連絡先を眺めた。
 いつ鳴るのか分からないそれを握りしめて。

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