この恋、永遠に。
 はああぁぁぁ…。
 私は本日何度目かになる盛大な溜息を吐いた。

 ガラガラと大きな音を立てて滑る台車は思いの外言うことをきいてくれない。
 郵便物で溢れたプラスチックの箱は重ねると重く、上から順番に軽くしていくしかなさそうだ。

 私はエレベーターを三階で降りると、まず最初の目的地である、営業部へと向かった。
 各部署には郵便物用の箱が用意されている。
 だから私は一人一人に配る必要はなく、ただ部署ごとに仕分けしたものをその箱の中に入れていくだけでいい。
 何千人といる社員一人一人に配っていたら、それこそ一日が終わってしまう。
 営業部に到着しドアを開けると、入り口近くに置かれた郵便物用の箱に目的のものを入れた。

「あれ?今日は山口さんじゃないの?」

 私が郵便物を箱に入れたところで、背後から軽やかに声を掛けられた。柑橘系のいい香りもする。
 振り向くと、この営業部のエース的存在でそのルックスからも人気が高い、高科さんが立っていた。彼のことは受付の女子社員が噂をしていたから知っている。何でも毎月の営業成績はいつも彼がトップなんだとか。

「あ、お疲れ様です。山口さんは…辞められまして…、それで今日からは私が来ることになりました。渡辺です、よろしくお願いします」

 ペコリとお辞儀をして顔を上げると、その会話が聞こえたらしい数人と目が合った。
 ヒソヒソと話すその内容までは聞こえないが、言っていることの検討はつく。
 次は私の番だと言わんばかりの態度に、私は唇をギュッと噛み締めた。

「そうなんだー、彼、いい人だったのに、残念だね」

 そんな周りの声など聞こえていないかのように、くったくなく話してくれる高科さんは、資材部の噂を知らないのだろうか。それとも彼の性格だろうか。
 ほとんどの社員が資材部と関わらないようにしている中で、彼は私にも普通に接してくれる。
 彼の口振りだと、きっと辞めた山口さんに対してもそうだったのだろう。
 彼の優しさが身に沁みた。

「そうですね」
 
 曖昧に笑ってごまかし、私はその場を立ち去ろうとする。
 彼の好意は嬉しいが、こんなに目立つところであからさまに親切にされると、皆の視線が痛い。高科さんだって困るはずだ。

 チラリと見回せば、パステルブルーのスーツに身を包み、毛先を軽やかにカールさせた綺麗な女の人が、蛇のように睨みを利かせて私を見ていた。
 まるでカエルになってしまったかのように動けなくなってしまった私は、やっとの事で一歩後ずさると、廊下に置いてあった台車まで戻る。
 慌てて「失礼します」とだけ告げて逃げるように営業部を後にした。

 こんな事が毎日続いたら身が持たないかもしれない。
 私は平穏に仕事を終えることが出来るよう祈りながら、順番に他の部署への郵便物を配り終えた。幸い、疲れたのは最初の営業部だけで、後は楽なものだった。

 数千人規模のこのマンモス企業でも、資材部の私と関わりたいと思うような人はいないのだろう。
 高科さんのような目立つ人と仲良くすると、厄介ごとにも巻き込まれそうで出来れば避けたいと思うけれど、毎日働く職場に親しく話せる相手がいないというのは、やっぱり寂しかった。

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