大切なものはつくらないって言っていたくせに
芸能界に携わって二十年やってきた俺には、一之瀬遥の事を調べるなんてたやすい事だ。
なんで、俺はこんなムキになってるんだろう。
どうでもいいじゃないか。 親友の祐樹の片思いの相手が誰だろうと俺には知ったこっちゃない。
あの冷静沈着な祐樹をここまでする女に興味があるのか? それとも、俺自身が彼女に興味を持ってしまったのかわからない。
突き動かされるように、俺は彼女の住まいの住所を調べ上げ、それが書かれたメモを頼りに都内の街を歩いていた。
今日は、夜からひとつ打ち合わせがあるだけだから、夕方のこの2、3時間少し時間が空いたというのもある。
多分、この辺り、、、と見回すとギャーという子どもの声がして、そちらの方を見る。
遥ちゃんがいる。 俺は、咄嗟に身を隠す。
そこにいたのは、駄々をこねて暴れまくる2歳くらいの男の子をかついで歩く彼女だった。
「いっちゃん、悪い子!だめって言ったらだめなんだよ。」
容赦なく暴れて言う事を聞かない男の子を抱きながら、保育園のリュックや荷物を抱えて、思わず助けたくなるのをこらえる。
電話越しに聞こえた聞こえるか聞こえないかのような小さな声は、この子の声にちがいない。 多分、ママと言っていた。
 俺は、その場に立ちすくむ。 
 俺は全てを理解した。
 彼女が帰国した時期や、祐樹が失踪した時期も、彼女が祐樹を許せない理由もこれで説明が付く。
 あの子は、祐樹の子だと。
 そして、彼女が俺の仕事を断らざるを得ない状況もわかって、チクリと胸が痛む。
 幼い子を一人で育てながら、できる範囲でフリーで動いていたのか。 それを知らずにひどい事を言ってしまったと後悔する。
 この状況を祐樹に知らせるべきなのか。
 俺は、目を伏せて首を振った。
 
彼女は、今の生活を壊されたくない。そう言っていた。
彼女の気持ちは尊重するべきだ。
< 68 / 105 >

この作品をシェア

pagetop