夏の日

炎天下

中華丼、食欲は十分だ。大丈夫。会えなくてもいい。
とにかく近くまで行ってみよう。娘は(有)イルカネット

というものをやってるらしい。ホームページの製作会社だ。
できのいい娘だ。人柄もよくて皆から好かれる、昔からそうだった。

その母とはヨーロッパ放浪の旅で知り合って帰国して結婚した。
3年間子供ができず、やっと授かった子宝だ。

団体にも入会したばかりでその活動にもアクセサリーの仕事にも
必死で頑張った。そして7年後、前の嫁さんは娘を連れて

足立区の実家へ帰った。原因は活動にのめりこみすぎたのと
男の子を欲しがったこと。海外の夢ばかり追って何一つ

いい生活をさせられなかったからだ。正式に離婚して
養育費を払い続けた。その後も年に1度は娘の声を聞いた。

中学高校と優秀な成績で卒業できたこと。お母さんとは
とてもうまくやってること。イルカが好きで琉球大学を

受験して失敗したこと。その後出版社に勤めたこと。
そして3年前結婚して去年二人目の男の子が生まれたこと。

その間こちらは再婚して二子をもうけ土産品店も軌道に乗り
今までで一番幸せだ。たぶん前の嫁さんも娘も幸せに違いない

とは思うのだが。よほどのことがなければ確かめに行こう
などとは思わない。それでいいのだ。

放っておいた方がいいに決まっている。孫に会えたところで
それがどうした。もう付き合うことがないんだから、
余計なことだ。

今にも眠り込みそうになりながら気を取り直した。
いやいや選挙のためだ。理由は何でもいい。

行動することだ。若林は勇気を奮い起こして
ゆっくりと立ち上がった。お金を払ってドアを開ける。

『むおっ』
思わずめまいがして倒れそうだ。ものすごい熱風と陽射し。

若林は頭の中が真っ白になった。この暑さじゃ何も考え
られない。その中を自動ロボットのように歩き出した。

炎天下、バス停で待つこと10分。気が遠くなりそうだ。
バスが来た。機械的に乗り込む。意識と体とが完全に

遊離している。何も考えてないのに体だけが勝手に動く。涼しい
車内、もう降りるのはいやだ。このままずっと座っていたい。

キャタピラー三菱までは30分の道のり。しっかりと冷気を
体に蓄えるべく心して呼吸し続けた。

できるだけゆっくり走ってくれ。祈る思いもつかの間、
ほどなく次で下りねばならぬ。ボタンを押した。

もう絶対下りねばならぬ。扉が開く。はたしてものすごい熱風の中
一人国道に降り立った。人影は全く見えない炎天下を

松葉中学校を目指して歩く。上り坂だ、熱い!とにかく暑い!
喉が渇く。ものすごい汗だ。自動販売機でポカリを買って飲む。
飲みすぎると脱水症状になる。控えめにこまめに飲む。
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