今度こそ、練愛
「いらっしゃいませ、どのような御用件ですか?」
柔らかな深みのある声で微笑みかける男性は、落ち着いた雰囲気で私よりも少し年上に見える。この古めかしい雑居ビルには不釣り合いだと思った。
だけど意外。
もっと厳つい顔をした中年ぐらいの男性が分厚いソファにどっかりと脚を広げて座っていて、睨んでいるんじゃないかと想像していたから。
下手をしたらドスの利いた声で怒鳴られるんじゃないかと。
「人材派遣を……、代行をお願いししたいのですが……」
「かしこまりました、どうぞこちらへ」
男性は穏やかな笑顔で私の緊張を和らげてくれる。
入り口の側にあるごくシンプルな会議テーブルへと案内された後、温かいコーヒーが出された。頂いた名刺から彼の名前と、彼がこの会社の社長だとわかった。
だけど驚きはしない、むしろ納得。
きっと社長と言いながら従業員は彼ひとりか、他に居たとしても二、三人だろう。
余計な事を考える余裕が出てきた私を、柔らかな口調が引き戻す。
「では、御用件をお伺いしてもよろしいですか?」
そうだ、話さなきゃ。
大急ぎで頭の中を整理して、ゆっくりと話し始める。