今度こそ、練愛

あまり深いところまでは語らないし語るつもりもない。上京してくる母に会ってもらうために、一日だけ彼氏の代わりをお願いしたいのだと要点だけを簡単に。



話している最中に気付いたことがある。
もしかすると、この人が彼氏の代わりを務めてくれるのではないか。あまりにも真剣に優しい顔をして聴いてくれるものだから。



聴き終えても彼の優しい表情は変わらない。



「わかりました、こちらの用紙に簡単に記入をお願いできますか」



差し出された用紙には、氏名と連絡先の電話番号の記載欄のみ。これが契約書類だということは分かるけど、本当にこれだけでいいの?



「これだけ、ですか?」

「はい、これだけで十分です。詳しいことは後日、打合せをさせてもらいますから」

「後日ですか?」



言いかけて腕時計を見た。
そうか、もう閉店時間なんだ。今ここで打合せしてくれたら話が早いのに……と思ったけど、わがままは言うまい。



「ええ、電話で連絡させてもらいますので、都合の悪い時間はありますか?」

「日中は仕事なので夜にお願いできませんか? だいたい七時以降なら……、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ」



やっぱり社長は穏やかな笑みで答えてくれた。





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