今度こそ、練愛

「もう……、いつまでペーパーでいるつもりなのよ」

「大丈夫、ペーパーでもいいですよ。僕が運転しますから」



呆れた母の声につられて、川畑さんが笑う。
なんだ、川畑さんも笑うことができるんだ。



「あ、海? ねえ、どこへ連れて行ってくれるの?」



車窓からの景色に海が映り始めて、母の声のトーンが上がる。田舎は海から離れたところだから、久しぶり海を見た母は嬉しそう。



そういえば川畑さんとの打合せで母に会ってほしいと話した時に、田舎はどこかと尋ねられた気がする。
だから川畑さんは、海側へと向かったのだろうか。



「アウトレットモールに行こうと思っています、海が見えて景色がとても綺麗なんですよ」

「アウトレット? 嬉しいわ……一度行ってみたかったのよ」



嬉しそうにはしゃぐ母を見ていたら申し訳ない気持ちになってくる。



母は騙されていることを知らない。
本当に川畑さんのことを昭仁だと思い込んでいるのに。川畑さんが昭仁ではないと知ったら、私が代行を頼んだと知ったら……



早くも罪悪感で胸がうずき始めてきた。



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