今度こそ、練愛

帰りの車内は一変して静寂に包まれていた。
それぞれが胸の内にある思いを言葉にすることかできずにいる。



あの後、彼女は地面に崩れ落ちた。



私は勝利したというのに優越などまったく感じない。残っているのは同情に似た気持と後悔だけ。ハンドルを握る川畑さんの横顔にも隠しきれない翳りが覗いてる。



「昭仁さん、今日はありがとう、今度は是非こちらに遊びに来てね」



駅の改札口に入る寸前まで荷物を持って見送ってくれた川畑さんに、母は笑顔で別れを告げる。不安を感じたはずなのに、何事もなかったように。



「こちらこそありがとうございます、さっきは不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。改めてご挨拶に伺います」



川畑さんは母の姿が見えなくなるまで、いい彼氏として見送ってくれた。
最後にあんなことがあったのは想定外で残念だったけど、一貫して誠実な対応をしてくれたことに感謝している。



これで川畑さんの仕事は終わり。
川畑さんが昭仁ではなくなる。



「川畑さん、ありがとうございました。母も喜んでくれたし本当に助かりました、あんなことをして……すみません」



私から深く頭を下げた。
今日の仕事のお礼と謝罪を込めて。



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