四百年の恋
***


 その姫君は岬(現在の立待岬)から海を眺めるのが好きで、隙あらば城を抜け出し、一人ここに佇み海を見続けていた。


 邪魔さえ入らなければ、ずっといつまでも。


 「姫さまー」


 姫がここにいるのを察知した侍女たちが、案の定迎えに来たようだ。


 「そろそろ城に戻りませぬと。晴れてはおりますが、春の風はまだまだ冷とうございます」


 確かに。


 すでに雪は溶け、季節は春を迎えつつあるものの、海風は刺すように冷たい。


 日差しには春を感じるにもかかわらず、風は依然として冬の名残だった。


 「月姫(つきひめ)さま、早くお城に戻りましょう。風邪でも召されますと、明日の出立に影響が出かねません」


 明日月姫は、この地の支配者の居城である福山城(ふくやまじょう)へと旅立たなければならない。


 非常に気が重かった。


 「旅立つ前に、一目だけでも海の向こうの地を見ておきたかったのに」


 姫は侍女に話しかけた。


 「大間崎(おおまざき;本州最北端の地)ですか?」


 「いえ、水城島」


 「みずきとう?」


 「昔、乳母が聞かせてくれた、幻の島。神罰に触れて、一日にして海の底に沈んだという」


 「ああ、あの伝説の……」


 百年位前に、神の罰を受けたという伝説の島が沈んでいるのは、この海の向こう側らしい。


 幼い頃に乳母に聞かされたその話を、姫はとても気に入ってしまい、ここに来るたびに目を凝らして島を探したものだった。
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