初恋
直ちゃんがじっと見ている前で、章子さんは「これ、おいしい。」とケーキを食べながら微笑んでいる。

シンプルなショートケーキではあったけど、
この土台の生クリームを均一に塗るのに、かなりの練習をしたことを告げると、

「ふうん。なんでもプロは大変なもんやな。」と感心したように言った。

しばらくテレビを観ながら、とりとめもない話をしていると、
不意に、

「直人くんって、いじめとか、したことある?」

と聞いてきた。

学校にいた頃、三浦くんと呼ばれていて、卒業してもしばらくそうだったけど、
なんかいややからやめて、と頼んで最近は名前で呼んでくれる章子さんである。

「なんで?したことはないで。」

「されたことはあるってこと?」

「うーん。そういうわけじゃないけど、変な奴にからまれたことはある。」

そう言って、中学校のときのことを話した。

「ほんまやで。おれは何にもしてないのに、あっちが勝手に盛り上がってただけやから。」と、妙に言い訳みたいに言ったのに、

「そっか。」と別の考えを追っている。

「なあ、なんか言うて。」

「なんかって何?」

「やきもちやいてみるとか。」

そう言うと、章子さんは大笑いを始めた。
子どもの好き嫌いの話なんかには、まったく注意を払っていなかったみたいだ。

「そんなんでやきもちなんかやくわけないやん。」

「そうか。そうかな。」

章子さんは、そうか、というのがこの幼い恋人の悲しいときの口癖であることを知っていたから、「子どものくせに、変なこと考えんでええ。」と頭をなでてやった。

「子ども扱いせんといて。」と彼はすねたように言いながら、体に手を回してきて、
その話はそれでおしまいになった。



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